直球感想文 本館

2018年 更新中
by vMUGIv
カテゴリ
以前の記事

お東騒動 その1

◆大谷光暢 東本願寺24代法主
1903-1993 明治36-平成05 90歳没


■妻 久邇宮邦彦王の娘 智子女王 香淳皇后の妹
1906-1989 明治39-平成01 83歳没


●長男 光紹   離脱して浄土真宗東本願寺派/東京本願寺
●長女 美都子  音大教授大賀寛夫人
●二男 暢順   離脱して浄土真宗大谷本願寺派/東山浄苑
●三男 暢顕   東本願寺25代門首 最終的に後継者に選ばれる
●二女 須美子  オーミケンシ副社長夏川浩夫人
●四男 暢道/光道 離脱して嵯峨本願寺

※30年に渡るお東騒動により4派に分裂、
4人の息子はそれぞれ自らを25代と名乗っている


c0287367_01565733.jpg
c0287367_01570127.jpg
c0287367_01570332.jpg
c0287367_01573100.jpg
c0287367_02093596.jpg



◆長男 光紹 離脱して浄土真宗東本願寺派/東京本願寺
1925-1999 大正14-平成11 74歳没

*長男であったため新門(後継者)として育てられる
*京都大学文学部史学科卒業
*ハーバード大学・コロンビア大学に留学

昭和24年(1949)昭和天皇の娘・孝宮和子内親王(イトコ)と婚約発表・立ち消え
昭和25年(1950)アメリカに留学
昭和29年(1954)4年後帰国
昭和30年(1955)元伯爵家の令嬢と婚約発表・光紹から解消
昭和39年(1964)結婚

c0287367_01594254.jpg
c0287367_01595218.jpg

■妻 真宗誠照寺二条秀淳の娘 貴代子    
1940-2012 昭和15-平成24 72歳没


●光見 長男家の後継者
●暁子
●慈子
●紹爾




◆二男 暢順 離脱して浄土真宗大谷本願寺派/東山浄苑  
1929- 昭和04- 

*東京大学印度哲学梵文学科卒業
*東京大学大学院仏文科に学ぶ
*パリ大学に留学
*仏文学の大学教授も務めた
*演劇に興味があり、脚本家を志して文学座に席を置いたこともある

c0287367_02003429.jpg
c0287367_02003804.jpg

■前妻 藤原信一の娘 綾乃 熟年離婚
1947- 昭和22-

●業成/光輪 二男家の後継者
●実成
●他不明


■後妻 随筆に「末の娘が生まれたとき私は80歳を過ぎていました」との記述あり

●女子
●他不明




◆三男 暢顕 東本願寺25代門首(法主の名称は門首に変更された)
1930- 昭和05-

*2歳の頃のハシカが原因で軽い聾唖となる
*京都大学農学部に学ぶ
*東京に出て精密機械会社の設計技師となっていたが、
 お東騒動に関わっていなかったため最終的に後継者に選ばれる


■前妻 30代で結婚、1年で離婚


■後妻 奥村政一の娘 妙子
1950- 昭和25-


●子供ナシ・後継はイトコ大谷暢裕




◆四男 暢道/光道 離脱して嵯峨本願寺 
1945- 昭和20-

*大阪大学基礎工学部制御工学科卒業
*伊藤忠に入社するも一年で退職
 以降、両親の秘書的存在となる
*智子裏方は四男暢道を溺愛した。長男光紹と四男暢道は20歳離れている。
 周囲は溺愛というより偏愛と見ており、このことがお東騒動の大きな原因となる。

c0287367_02010962.jpg
c0287367_02011182.jpg

■妻 高校時代の同級生・京都の画材商の娘 礼子
1948- 昭和23-

●長女
●二女
●三女 純子 四男家の後継者
●他不明




浄土真宗大谷派は、
東本願寺を本山とする末寺1万・門徒数1千万を擁する日本最大級の宗教教団である。
しかし、30年に渡るお東騒動により4派に分裂するに至った。
東本願寺では法主は「御上」とも呼ばれ、
妻は「裏方」と呼ばれる。
また跡継ぎの長男は「新門」と呼ばれ、特別の扱いを受ける。

昭和44年(1969)
光暢法主が「管長職を長男光紹に譲る」と独断で宣言、お東騒動の火ぶたが切られた。
反対する改革派に対して、光暢法主&智子裏方夫妻を中心に
長男光紹・二男暢順・四男暢道が団結し保守派として対抗した。

長男光紹は過労で倒れて東京の病院に入院したのをきっかけに、
住まいを京都→東京→鎌倉と移し東京本願寺に専念するようになり
光暢法主&智子裏方と疎遠になってゆく。

二男暢順は本願寺維持財団の理事長に就任したのをきっかけに、
東山浄苑に専念するようになり光暢法主&智子裏方と疎遠になってゆく。

残った四男暢道は光暢法主&智子裏方の秘書的存在として権力を持つようになり、
側近の、僧侶武内克麿・不動産業者三池新二と共に
次々と財産処分や手形乱発で問題を起こし、騒動はエスカレートする。

16億円の財産を有する「ドル箱」東山浄苑を狙った四男暢道は、
二男暢順に本願寺維持財団理事長の座を自分に譲れと迫る。
二男暢順がこれを拒否すると、今度は光暢法主から命令させる。
二男暢順がこれも拒否したため、
光暢法主&智子裏方と二男暢順の関係は悪化する。
長男光紹もこのやり方に苦言を呈したため、
光暢法主&智子裏方の不興を買ってしまう。
「東本願寺、骨肉の争い」と報道されるに至り、
長男光紹と二男暢順は騒動から手を引いて静観するようになる。
やがて保守派と改革派の対立から、
保守派にも見限られた法主派とその他派の対立に変わり、
光暢法主&智子裏方と四男暢道は泥沼にはまり込んで行く。



[PR]
by vMUGIv | 2018-01-01 00:00 | コト
<< お東騒動 その2 澁澤龍彦 その10 >>


お気に入りブログ
検索
記事ランキング