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by vMUGIv
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森鴎外の子供たち その19

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評論家 今日出海

私が結婚した時、辰野隆先生はお祝いをするから学士会館へ5時に来るようにと、
大学の研究室でおごそかに命令された。
「では、出かけるとしようか」といってどこへ出かけるのか見当がつかぬので、
私は黙々と先生に従った。タクシーは新橋の花柳街へ走った。
「この人はね、恋愛が成就して2、3日前めでたく結婚したんだよ」
と先生は並みいる芸者に披露した。
「おめでとうございます」「うらやましいわ」 芸者たちはそんなお世辞を言うと、
2、3日前結婚した男なんかには用はないといった風に私を床の間の置物同様に扱って、
関心は先生の方へ向いてしまった。
先生はいい心持ちで酔うほどに歌は出るしで大モテなのに、
私は新しい家に帰りたくモジモジしてきだしたが、
そんなことに同情も容赦もしてくれない。

夜更けになって、同じ大学の山田珠樹先生が突然現れ、
「では、おあと交替といたすかね」 今度は新橋から赤坂へお座敷が移った。
さすがに堅くなっていた私もこう飲んでは骨までとろけ、時はますます経つばかり。
もうどんなに慌てても家に帰ることはできない。
しまいに大座敷で雑魚寝ということになった。

山田先生は翌朝私に訓戒を垂れて言った。
「女房って奴は最初が大事だよ。あまりにチヤホヤすると、
もう後で取り返しがつかぬほどつけあがる。結婚初期に手当をしておくのが肝心さ。
辰野は君が女に甘いから、前夜後夜と分けて二人で
君および君の女房を教育しようっていうので、こんなお祝いをしたのさ。
結婚初期に家を一晩あけるくらいの度胸がなければ君も駄目さ。
女房は昨夕一晩まんじりともしないで君を待っていただろう。
これがいい薬になったぜ。君も今日は大威張りで帰って行くんだ。
こそこそ帰って女房に謝るようじゃ、九仭の功を一簣に欠くって奴でなんにもならないよ」
至れり尽くせりの教育ぶりである。

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森茉莉の息子 山田亨

鴎外が茉莉を愛し、茉莉が父鴎外を愛したように、
僕は父山田珠樹に愛されて育ち、そして今でも父を愛している。
父が僕を可愛がった理由の一つは、僕の容貌が茉莉と似ていたためだと思う。
その反面茉莉と似ているためか、僕は継母からひどく嫌われた。
父はフランス文学者だったが、茉莉が指摘したごとく本質的には明治の男だったようだ。
自己の再婚に際し、親戚・知人の全員に
「亨の母親が森茉莉だということを絶対口にしないように」と頼んだという。
したがって僕は、母茉莉のことを父の死まで知らなかった。
父の葬式の後、「亨、僕たち二人の母親は、森鴎外の長女である森茉莉という人だ」
と兄から言われたが、突然のことで実感がわかなかった。
茉莉は当時まだ作家として世に出ていなかったので、
僕は叔母である小堀杏奴の著書や雑誌を書店で購入するようになった。
そして杏奴と文通するようになり、終戦後のある日叔母から
「亨ちゃん、御馳走するからうちにいらしゃい」という手紙をもらった。
当日玄関で叔母が「亨ちゃんには知らせなかったけれど、茉莉を呼んであるの」と言った。
部屋に入ると僕によく似た女性がいて、「亨」と言って僕を抱きしめて激しく泣いた。
母親というのは子供を抱きしめるんだなと、抱かれながら思った。
僕は継母から一度も抱かれた記憶がなかったからだ。
父に抱かれた記憶は何度もあるのに。

茉莉の死後、兄から茉莉の形見分けを任された。
僕が著作権継承者代表であったため、手元に置いて考えた。
これらの物は僕に所属する物ではなく、母のファンに所属すべき物だろうと。
そこで、鴎外の遺品すべてを文京区立鴎外記念本郷図書館に寄付した。
僕の死後は、伯父森於菟にならい茉莉のすべての遺品を、本郷図書館と
津和野の森鴎外記念館とベルリンのフンボルト大学所属鴎外記念館に寄付することにした。
そして、それぞれの担当者に僕の意思を伝えた。
最後に、母の作品を愛して下さった方々に深い感謝を捧げたい。

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by vMUGIv | 2012-02-19 00:00 | ヒト
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