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by vMUGIv
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夏目漱石 その8

◆明治40年 40歳 教職を辞めて朝日新聞社に入社。長男純一誕生。
◆明治41年 41歳 二男伸六誕生。
◆明治43年 43歳 五女雛子誕生。旅行先で大量吐血<修善寺の大患>
◆明治44年 44歳 関西旅行中に胃潰瘍再発、大阪で入院。五女雛子死亡。
◆大正02年 46歳 第3回神経衰弱発病。
◆大正05年 49歳 12月9日死亡。


★第3次精神病期 46歳~48歳 『行人』『こころ』『道草』


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漱石の妻 夏目鏡子

今度の病気〔修善寺の大患〕で、
前のように妙にイライラしている険しいところが取れて大変温かく穏やかになりました。
人情的とでもいうのでしょうか、見違えるばかり人懐っこくなったものでした。
誠に病中人様にいろいろお世話になった、それが大変ありがたいと口癖に申しておりました。

頭さえ悪くない時にはずいぶんの子煩悩で、
子供たちが何をしようとにこにこ笑って見ているか、自分も相手になって遊ぶか、
でなければ割れるような騒動の中に座って澄ましていっこう気にもかからないらしく、
本を読んだりしていたものでした。
世間からは皮肉ばかり言っているつむじ曲がりで負けん気のしかめっ面した
怖い厳めしいおじさんのように思われておりましたようですが、本当に好々爺で、
子供たちとよく相撲をとったりなんかしますし、まったく他愛がありませんでした。
話でも非常にむっつりしてるかと思えば、調子に乗ると案外の軽口で
駄洒落や皮肉をかっ飛ばしておもしろがるという風で、
生粋の東京人のそうした一面をよく表していたかと思います。

雛子が亡くなりましてからというものしばらくの間は、あとの子供たちにも親切で、
以前にもほとんどそんなこともなかった一家総出でどっかへ行く
などということもいたしました。

機嫌が良くってニコニコしているのですが、暮れから妙に顔がほてって
テカテカしているので変だ変だと思っておりますと、またも例の頭がひどくなって参りました。
ちょうどこの前一番ひどかった時から10年目に当たります。
この年は正月から6月までは一番ひどくって、
挙句の果てにはとうとうまたもや胃をわるくして寝込んでしまいました。
胃が悪くなるとだんだん頭の方は治ってくるのでしたが、
この時は始めは両方でしたからずいぶん大変でございました。

お正月の2日か3日のことです。
女中に向かっていきなり、そんなことは言わないでくれと申します。
しかし女中は別に何も言わないのですから、怪訝な顔をして
何も申せませんでございますがと答えると、怖い嫌な顔をして黙ってしまいます。
後で私に「あんなこと言わせちゃ困るよ」とたいそう不興気にたしなめておりました。
ほてった顔といい、頓珍漢なことを言うことといい、まず耳から始まることといい、
またも例の恐ろしいのが襲ってきたのだと勘付きました。
子供が何かの拍子にゲラゲラ笑ったりします。
すると自分のことを笑ってでもいると思うのですか、
大きな声で怒鳴ったり、呼びつけて叱ったりするのです。
こうなってくると家中は急にひっそりかんとして、まったく虎の尾を踏む心持ちと申しますか、
みんなつま先立てて足音を盗んで歩くのです。
こちらでみんなこういう具合に警戒して触らぬ神に祟りなしと注意に注意をしておりますと、
夏目は夏目で一生懸命聞き耳を立てて、あらぬ妄想を構えて
疑いの上に疑いを築いて根掘り葉掘りとんでもないことを考えるらしいのです。
それも自分の狂った耳を土台にして、そこへ突飛な想像をつけ足して
いろいろなことを描くらしいのですからやりきれません。

例えば女中が何か自分の悪口を噂しているのを聞いたという風に感じますと、
それを私が放ったらかしにさせておくか、進んで私が言わせるという風に取るらしいので、
むきになって突っかかって来るのですが、また始まったと思うのですから
なるべく相手にならないようにしております。すると黙ってればいいかと思って
自分一人にしゃべらせて自分を馬鹿にしてると言って怒ります。
そうなってくるとしきりに難題を吹っかけるのですが、
どうしたって気に入るはずはないのですから、
こうなってくるといつもの式で、またも別れ話です。
別居をしろ、お前が別居するのが嫌なら俺が出て行くとこうです。
で、別居なんか嫌です、どこへでもあなたのいらした所へついて行きますから
と取り上げませんのでそれなりになるのですが、
いつも決まって小うるさくこれを言うのでした。そうしてしまいに胃を悪くして床につくと、
自然そんなこんな黒雲も家から消えてしまうのでした。
いわば胃の病気がこの頭の病気の救いのようなものでございました。

頭が悪くなると電話では始終問題を起しておりました。
時には自分で出て行ったりしますが、もしもし夏目さんですか?と
どっかからかけて来たから知りませんよと言って切ってきてやったなどと申して、
何が何やらわからずプリプリ怒っておったことなどもあります。
それほどですから間違った電話でもかかって来ようものなら大騒動です。
自分で電話口へ出て行って交換手を呼び出し、なぜ間違ったのか、どうして間違うのだ、
おおかた人を邪魔し馬鹿にするのだろうなどと遠慮会釈なくクドクドとやり込めるので、
聞いてるこちらがヒヤヒヤするくらいでした。
死ぬ前などにもこんな具合でしたもので、とうとう離れへ移したことがあります。

私が留守の間子供を外へ遊びにやってはいけないと夏目が言っていたのに、
子供のことですからどこかへ遊びに行ってしまったそうです。
すると出すなと言ったのになぜ出したといきり立って、
〔女中の〕一人を廊下から下へ突き落とし、〔女中の〕一人が門のところへ出たのを追うて、
道の上で人が見ているところでポカポカ殴ったそうです。女中2人は怒ってしまって、
いくら御主人でもあんまりだ、こんなことでは今に何をされるかわからないと言って、
私の帰らないうちに出て行ってしまいます。それを見ていたのが長女の筆子で、
いくら父でもあんまり無法なことをすると悲憤の涙にくれておりますと、
夏目が女中は出て行ったか、怪しからぬ奴だと言うので、筆子が憤然と、
それは出て行きますとも、あんなことなさるんですものと女中の肩を持ってしまったのです。
なんだ、この生意気な奴め、父に口答えするとはというわけでポカッと来ます。
私が帰って参りますと、女中はいず、筆子は泣いている、
夏目は夏目で女中はいないので筆子一人を目の仇にしてしきりと憤慨しております。
今にも刃傷沙汰でもしかねまじい形相なので、
これは危ないと見てとって矢来の兄さんのところへ逃がしてやりました。

頭が悪くなると朝早く4時半か5時に目を覚まして、
自分で起きて戸を開け「起きろ」と怒鳴るのです。
家中の者がピリッとしていっぺんに起きてしまいます。
怒鳴らない時にも湯殿へ入って、
安全剃刀を自動式の革砥でカチャカチャカチャカチャと研ぎます。
その音を聞くと皆飛び上がったものです。そうなると怖いんでてんでに寝床を上げます。
それを自分が監督顔に回って来て、何をグズグズしていると小言を言いながら
何でもかんでも取り上げてグルグルと丸めて戸棚の中に押し込みます。
蚊帳や布団がはみ出して落っこちそうになっているのを、
かまわずグングン唐紙を閉めるのでした。

この時もかなりひどくもありましたが、外国から帰って来てからの時に比べれば
よほど穏やかになっておりました。そうして病気の間も短うございました。
その後亡くなる年にまた起っておりましたが、
この時に比べればずっとまた静かになっておりました。
が、とうとう死ぬまで時々思い出したように起っておりました。

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by vMUGIv | 2012-03-08 00:00 | 明治
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