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三島由紀夫 その2

学習院中等科時代
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学習院高等科を首席で卒業 昭和天皇から銀時計を賜る
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三島の父親梓&母親倭文重

父親◆思い出という奴がまた夫婦喧嘩の種になるんだな。
僕がけしからんということまでお前の思い出に繋がる。
公威の話なんか一切ノータッチ・ノーコメントで昼寝でもしていたいのに、
無理に叩き起こされて思い出のお相手をさせられながら尽きるところを知らずで、
しかも同時に僕の悪口を片時も忘れやしない。お前の思い出にはまったく閉口するよ。

母親◆だってそうじゃありませんか。あの人だったら、
私が考えていること言おうとしていることをピシャッとわかってくれる。
安心して寄りかかっていられたの。だいたい勘がにぶいのよ。
自決の時もあなたがもっと勘がよかったら止められたかもしれない。
彼がとんでもないところに行こうとしているということがピーンときましたからね。

父親◆ピーンときたなら、なぜすぐ俺にそう言わなかったんだ。

母親◆あの人だってなんとかあなたにわかってもらいたい気持ちがあったんですよ。
世の中がこんなに静かになっちゃったら僕の出る幕がないとか、僕の進む道は決まった、
石は坂を転がり始めたんだからたとえお母様の力でも止められない、
驚かないでくれとかしゃべっていたじゃありませんか。

父親◆普通の母親なら、公威が大変よってなわけで僕にご注進するわけだろうが。

母親◆私としてはいちいち報告するに及ばない、一緒に聞いているんだから
耳に入っていると思い込んでいましたからね。何も言わないところを見ると、
やっぱり父親としての深い考えがあるんじゃないかと思ったし。

父親◆僕なら、知っていれば、この野郎ってわけでとっちめてしまう。
この家がどうなってもかまわないから、身命を賭しても差し止めるべきなんだ。

母親◆でも、あなたが何をおっしゃっても、もう彼は聞く耳を持ちませんでしたよ。
水色の背広を着たり、ピンクのワイシャツを着たりしたことがあるでしょう。
そうするとあなたは「やめてくれ、みっともないから」と怒鳴りつけるけど、
陰ではあの人それを喜んでいたんですよ。
「これ着るとオヤジが怒るな」と言いながら着てたんですからね。
つまり彼の人生はあなたへの抵抗がすべてだったんですよ。


母親◆あの人は長生きできる人ではなかったとこのごろ思いますよ。
みんな僕が自由勝手に気ままなことをしているように言うけれども、
実は一つとして僕の思ったことが通ったためしがないんだって言ってましたからね。
世間に出てからいろんなことで裏切りにあっているって。
先方の気持ちをくむようにくむようにしていた人ですから、
そのショックは相当大きかったでしょうよ。

父親◆そういう優しさというのはどうもお前の系統だね。平岡家の伝統は暴力的抵抗のほうだ。

母親◆あなたとはまるで反対の優しさがありましたよ。
私なんか娘の頃、男は優しいものと思い込んでいました。
実家の兄たちを見慣れていましたからね。この家に来てびっくり。

父親◆お前の実家のような学者というのは世間知らずなんだ。

母親◆その世間知らずの家に育った私が、
格式の意識の高いこの家にお嫁に来たところから公威さんの悲劇が始まるんです。

父親◆要するにお前の言いたいのは、
伜の生まれた頃の平岡家が化け物の巣みたいだったと言うわけだろう。
家意識の強い古い家だから子供には息苦しかったかもしれん。
オフクロは病的に感情の激しい人だったな。僕一人しか生まれなかったというのは、
オヤジが女遊びして病気持ちだったからだという説があるんだね。
坐骨神経痛に一生悩まされたのもオヤジのせいだといわれる。
そういうオフクロだったから、孫への溺愛が唯一の生き甲斐だったんだな。

母親◆お母様がお父様の浮気に絶望したのか、やんちゃな息子に匙を投げたのかしらないけど、
孫の公威さんをおもちゃにしたわけね。まるで女の子みたいに育てられたでしょう。
お医者様が「こんな育て方をしたら二十歳まで生きられない」
と忠告してくれても、お聞きにならない。

父親◆医者も歯が立たなかったね。まるで座敷牢に入れられていたようなわけだ。
俺のオヤジはお前に対してどうだった?

母親◆私には優しい良いお父様でしたよ。あなたがお風呂に入っていて
「おい、背中流せ!」と怒鳴るんですよ。そこで私が立ち上がろうとすると
「行かなくてもいいよ。その綺麗な着物が汚れるじゃないか」っておっしゃるの。
息子と違って女心をよくご存知の方でした。救いといえばこれが救いでしたね。

父親◆オヤジはプレイボーイだったね。
樺太庁長官をしていた時も、単身赴任だから奇怪な女性がついていたらしい。
しかしオヤジは幸せな男だったね。好きなように生きてきた明治人だからね。

母親◆もてますよ、お父様なら。心が広くて趣味もおありになって、字も絵もお上手だし。
豪放で細心で女に優しい方でしたね。
〔あなたは〕その反対で、お母様をそのまま男に仕立てた感じだから、嫌になっちゃう。
私があなたをあきらめて公威さんに寄りかかったわけ、少しはわかってくださったでしょう。
それにあなたに相談しても埒があかないことが多いでしょう。
あの人に相談すると、人の心の裏までわかってくれて実にうまく処理してくれましたからね。
あなたみたいに倒れないでしっかりと受けとめてくれましたからね。あなたとは真反対。

父親◆俺の方は知らない間に、悪党だ残酷者だといろんな肩書がついて相当にぎやかだな。

母親◆街を歩いていてね、私が何か食べたいような顔つきをすると、
すぐその気配を察して吉兆や浜作どこにでも連れてゆくの。
あなたときたら、焼き鳥で我慢しろなんて残酷なことを言うのですものね。
何でも買ってくれましたよ。「あの着物ステキね」なんて私が言おうものなら、
あなたみたいにケチをつけたり高い高いと牽制しないでどんどん買ってくれましたよ。
それから旅行。あなたは連れて行ってくださいませんでしたけれど、
あの人はほうぼうへ連れて行ってくれましたわ。

父親◆お前と公威はまるで恋人だね

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アメリカ人・日本研究者・『午後の曳航』の英訳を担当 ジョン・ネイスン

三島の両親との会見は居心地の悪いものであった。
私が両親の離れを訪ねたとき倭文重は姿を見せなかった。
だが実際には隣室で私と夫の会話を聞いていて、ときおり襖越しに夫の言葉を訂正した。
「あなたが公威を怖がらせたんですよ。だから泣いたんじゃないの」とか
「そばにいなかったのになぜわかるの。
あなたは公威がそばにいてほしかった時にはいつでもいませんでしたよ」とか言った。
そして私が辞去しかけ片足を戸口の外に出した時、倭文重は突然現われ
「ネイスンさん、分かってらして? 〔主人は〕サディストでしょう」と言った。

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大蔵省勤務時代
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大蔵省への通勤途中
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by vMUGIv | 2015-03-02 00:00 | 昭和戦後
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