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by vMUGIv
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三島由紀夫 その15

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毎日新聞記者 徳岡孝夫

三島さんが唐突に言った。
「僕はXX子さん〔原文ママ〕と見合いをしたことがあるんです」
とっさに返す言葉が無かった。
三島さんが口にした女性の名は、極めてやんごとなきあたりに嫁がれた方のそれだった。
「と言ってもね、正式な見合いではなかった。まとまらなくてもどちらにも傷がつかないよう、
歌舞伎座で双方とも家族同伴で芝居を観て食堂で一緒に食事をした。それだけでした」
私は思いがけない話に呆気にとられるまま、
「それで、どちらが断ったんですか」とは聞かなかったのだろう。今かえりみて、
三島さんはもう少し詳しく見合いの間の模様を語ったような気もするが忘れた。

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元楯の会メンバー 村上健夫

川戸さんがニコニコ笑いながら、三島さんにとんでもないことを言い掛けました。
「『春の雪』を描いたのは妃殿下にフラれた腹いせって説もありますよ」
三島はこの質問に下を向きます。口をゆがめて黙ります。
「先生、見合いしたんですよね」
「正式のものではない。歌舞伎座で偶然隣り合わせになる形だ」
「先生、断ったの?断られたの?」
「君たちも知っているように、あそこのお母さんはああいう人だから」
三島はいつもの元気はどこへやら、
がっくりと肩を落とし頭を垂れて、本当につらそうです。
「あそこのお母さん」が「ああいう人」なことなどメンバーは一人も知るはずがないのに、
「君たちも知っているように」とはおかしな枕詞です。
「殿下や妃殿下に会うことあるんでしょう?」
「子供のことで学校に行った時に、
このままではいけないと思って声をかけようとして近づいても
『あっ、また』とか言って向こうに行ってしまわれる。逃げるのが上手だよ」
と、半分感心するように、今半分は嘆くように語尾を下げて言います。

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演出家・女優 長岡輝子

三島家の近所に住む長岡は、
事件からしばらくして手作りの惣菜を持って三島の母親倭文重を訪問した。

長岡「でもね、由紀夫さんは自分のなさりたいことは全部成し遂げて、
道長じゃないけどそれこそ望月の本望がかなった方じゃありません?」
母親「今度初めてやっとあの子が本当にやりたかったことができたのですから、
その意味では男子の本懐を遂げたことになります。
でも、あの子には二つだけ叶わなかったことがあります。
一つは、ノーベル賞をもらえなかったことです」
長岡「ノーベル賞は俺が取るぞって、意気込んでらしたからねえ」
母親「それが川端先生に決まった時、
弟の千之に向かって大声でくやしい!と叫んでいました。
それともう一つは、結婚問題です。本命の人と結婚できなかったんです。
お見合いをして不成立の縁談で、唯一心残りの方がありました」
長岡「それは、どなた?」
母親「正田美智子さんです。」

母親「のちに皇太子妃になられて、
時とともに公威の意中の人として消えがたくなっていったようです。
もし美智子さんと出会っていなければ、
『豊饒の海』は書かなかったでしょうし、自決することもなかったでしょう」
長岡「でも、どのみち畳の上では死ねなかった方よ。
どこかに死に場所を探されたでしょうけど・・・」

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親友・仏文学者 松村剛

三島は御成婚前の美智子妃をほんのわずかながら知ってもいた。
昭和32年に美智子妃が聖心女子大学を卒業された時には、
彼は倭文重さんと一緒にその卒業式の参観に行っている。

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親友・仏文学者 松村剛

『春の雪』の新潮への連載は昭和40年の8月(9月号)から始まった。
連載の終わりに近い頃、「あれは私小説なんだよ」
何かのおりに、ぽつりと彼は言っていた。

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by vMUGIv | 2015-03-15 00:00 | 昭和戦後
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