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by vMUGIv
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三島由紀夫 その18

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三島の唯一の女友達 湯浅あつ子 『鏡子の家』の鏡子のモデル 

三島由紀夫は才能にはすごい自信を持ちながら、肉体はコンプレックスの塊で
事実痩せていて足など折れそうで、いつも私の毒舌の対象になっていた。
のちのちボディビルに凝って得意になり我がサロンに見せに来ていたが、
私は「足のボディビルってないの?」とまたいじめて、怒る彼のムキな姿を楽しんだりした。

ジャイアンツの長嶋クンの胸毛の濃さにさえ自分のと比べ意識する、
子供のような性格はとうとう最後まで変わらなかった。
もうちょっともう一人の最大のライバル黛敏郎くらい大人になれたら、
あんな悲劇も起きなかったろう。
彼はいつも私に「ねえ、僕と黛とどっちがいい?」と聞いていた。
質問があまりにもくだらないので答えずにいると、
しつっこく「ねえ、僕?それとも彼?」ととめどがない。
どなたがご覧になっても黛さんはセンス抜群でそのうえ素敵な声の持ち主だったし、
マナーも柔らかく女性をこよなく良い気分にしてくれる独特のムードメーカーであった。
〔三島は〕硬派で、ボルサリーノみたいな服装をしたり
透けた黒シャツに金のペンダントに白のズボンではまるで比較しようもなかった。
女のきょうだいもなく年寄りの両親に囲まれ下働きの女の子一人の家庭からは、
ハイセンスな色合いなど望む方が無理である。
だから洋服の色になるとからきしの色音痴で、
作品の登場人物の着衣の色のところでいつも四苦八苦して聞いて回っていた。
ときどき私の姉が彼の作品を読んでは「どうしてこんなステキな登場人物が
洋服に歌舞伎の色のものを着るの?誰に聞いたの?」と聞くと、「オフクロだよ」
こんな会話は日常茶飯事で、いつも三島由紀夫はくさっていた。

彼はどんな時でも相手が男であろうと女であろうと、
貪欲に自分の文学への一助を必ず文士の習性としてつかんでいた。
私はそんな時の彼の目のギラギラは大嫌いだった。自分のそばに寄る者からは、
容赦なくすべて自分の文学への生け贄として襲いかかっていった。
『鹿鳴館』は私の姉の姑が大いに利用され、私のサロンが『鏡子の家』となり、
いつの間にか深い仲になっていた人からのヒントが『橋づくし』になった。
私などはあまり身近なところで次々と作品が出来てゆくので、
空恐ろしさと尊敬と半々の日々であった。もっとも『鏡子の家』はフィクションとはいえ、
私は自分のサロンをまるで淫売宿風に扱った箇所が不愉快であった。

私は三島由紀夫ではなく、平岡公威であることをいつも願っていたのだ。
私の仲良しの公ちゃんは、白皙でちょっと縮れっ毛で、後年突っ張って磊落を装うための
あの「カッカッカッ」という作り笑いの大声を出したことなど一度もなかった。

愛した女性・お金・ノーベル賞・ポルトガル永住・そして友・心の平和、
そのどれ一つをも彼は手にすることができなかった。
楽しんだ私のサロンも、母倭文重女の慈しみも役に立たなかった。
悲しさからの悩み・恨み・苦しみ・裏切りを一言も
他に訴えることなくおのれの心の中に閉じ込め、
我慢と忍で過ごした彼の鬱積が生への挫折に繋げられてしまった。
そんな彼を支えていたものは<三島由紀夫>というプライドだけで、
実に寒々とした乾いた心で毎日を送っていた。

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三島と湯浅あつ子
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by vMUGIv | 2015-03-18 00:00 | 昭和戦後
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