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三島由紀夫 その3

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三島の唯一の女友達 湯浅あつ子 『鏡子の家』の鏡子のモデル

私が26、7歳頃はたくさんのボーイフレンドがまわりを取り巻いていた。
ほとんど良家というレッテル保障の人たちで、
温室育ちの私はむしろそれが当たり前で過ごしてきた。
その私の取り巻きグループに、
彼も臆病な猫のように用心深くはにかみながら近づいてきた。
彼の両親とも親しくなっていった。三島家と私たち姉妹の関わりが深くからみあっていて、
父梓氏など多少とも若く美しかった我々姉妹を、
『細雪』にひっかけ『太雪』と名付けて我が子のように可愛がって下さった。

次男の千之氏も当然優秀な成績であったが、
おとなしい性格も手伝って万事目立たず音も立てぬ優しい弟である。
兄の華やかさのため常に損な立場で、平岡家での存在感はほとんどなきに等しかった。

〔三島は〕妹美津ちゃんをとても可愛がっていた。
自分と違い思ったことをハキハキ言え、きかん坊でイタズラっ子で平岡家の太陽だった。
私には下級生に当り私の妹と同級で仲もよく、
あだ名の<ヒラメ>のように軽やかに海中を泳ぐがごとく
学校中に明るさをまきちらしながら楽しげによく遊びよく学んでいた。
頭脳明晰はまさに平岡家のもので素晴らしかった。

私は美津ちゃんがこの平岡家で、
とかく気持がバラつく一族を上手く賢く結ぶ貴い糸の存在だったのが分かった。
そして三島由紀夫は妹を異性として第一番に感じ、
それは肉親愛ともちょっと違う初めての愛だったのだと思える。

家系的にお定まりエリートコースを歩まされる彼はどうしても文学に進みたくて、
そのがむしゃらな彼の才能を早くから母倭文重は見抜いた。
そして専制君主の父梓氏から必死でかばい、励まし、いたわり、
その苦労は計り知れなかった。
母は息子を愛するあまり、後年この父を憎み切った。私から見れば、
平岡家で普通人の感覚や常識を持っているのはただ一人梓氏だけだったのに。

知らぬ人がこの母子の日常のあり方を見たら、
まさに三島文学の世界を想像したことだろう。
「公威さん、お母ちゃま足が痛い」と言うと、
彼はその痛む場所を私の目の前でも平気でペロペロ舐めたりした。
徐々に母子から必要とされない立場に置かれ始めた梓氏は、
廊下にある籐椅子に座りながら苦々しい表情で「どうなってうんのかねェ」と
頭を振っていつもブツブツ呟いていた。
だから母を女性としてとらえれば、妹美津ちゃんの次の彼の第二の愛の対象は母である。
「公威さんのいない世の中に生きていたくないッ」と叫んだあの日の悲痛な声は、
今もはっきり私の耳に残って消えたことはない。

梓氏はわが子に<成り上り>と憎まれ口をききながら、
心のうちでどのくらい三島由紀夫を邪心なく誇りにしていたことか。
むしろ単純なゆえに琴線に触れぬと疎外された一族の中で、
ひたすら三島由紀夫の幸せを願い続け、
私欲のひとつだになかったただ一人の人間だった。
このことは母倭文重に同調するがごとく振る舞い芝居し続けながらも
三島由紀夫は一番よく知っていた。

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by vMUGIv | 2011-03-03 00:00 | 昭和戦後
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