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太宰治 その12

★愛人 山崎富栄
1919-1948 大正08-昭和23 29歳没


■父 洋裁師 山崎晴弘 東京出身


■母 美容師 黒川信子 滋賀県出身


●武士  丸山ヨシコと結婚
●年一  太宰と同じ年で同じ弘前高等学校出身 ただし一学年先輩 早逝
●輝三男 戦病死 両親の美容学校卒業生で美容師のイトコの黒川ツタと結婚
●富栄


◆大正08年 東京生まれ。洋裁師の父と美容師の母は、洋裁と美容を教える
政府認可第1号の学校<東京婦人美髪美容学校>の創立者。
一般にお茶の水美容洋裁学校と呼ばれ、戦争による閉校まで1万人の卒業生を送り出した。
富栄は美容師として洋裁師として次代校長として、両親から様々な教育を受けた。
和装の伝統を身につけるために幼い頃から日舞・華道・茶道の稽古に通った。
女学校卒業後は、本場海外の洋装の知識を得るために
日本大学付属第一外国語学院でロシア語、アテネフランスでフランス語、YWCAで英語を学んだ。
また衣紋道も習得しており、華族や女官の十二単や束帯、おすべらかし等の御支度を務めていた。
◆昭和13年 19歳 銀座で<オリンピア美容院>を経営する。
◆昭和19年 25歳 三井物産社員奥名修一と結婚するが、
夫は新婚10日でマニラ支店に単身赴任したのち現地で召集され戦闘で生死不明となる。
◆昭和20年 26歳 富栄の美容院も父親の美容学校も焼ける。母の郷里滋賀県に疎開。終戦。
両親は疎開先の滋賀県で洋裁教室を始める。
◆昭和21年 27歳 上京して兄嫁山崎ツタと卒業生池上静子が経営する鎌倉の美容院
<マ・ソワール美容院>に勤める。
卒業生塚本サキが経営する三鷹の<ミタカ美容院>へ移る。
◆昭和22年 28歳 同僚の紹介で太宰38歳と出会う。
夫奥名の戦死が公報に載り死亡確定、奥名富栄から山崎富栄に復名する。
太宰と不倫関係となるが、同時に太田静子34歳が治子を生んだことを知り、動揺する。
◆28歳 太宰39歳、肺結核悪化、再三喀血する。 
昭和23年6月13日、二人は腰を紐で結び玉川上水で入水心中をする。
出会って1年3ヶ月後の死であった。『斜陽』執筆から『人間失格』執筆の期間に当たる。

学校再建のため昼はミタカ美容室で夜は進駐軍の美容室で働き
生活を切りつめてきた富栄には十数万円の貯金があった。
現在の千数百万円にあたる。太宰と出会って一年足らずの間にすべて消えた。
高い酒・カニ・カキ・鯛など、太宰の好物を買い求めた結果だった。
当時は闇でしか手に入らない物も多く、
日本酒は一升550円〔現在の55,000円〕、ビールの大瓶は1本100円〔現在の1万円〕だった。
進駐軍の美容室では代金の代りに太宰の欲しがる貴重な洋酒とアメリカ煙草を手に入れていた。


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山崎富栄の従姉妹 滋賀県在住

富栄さんが疎開して来たのはもう60年以上前ですやろ。
あの頃はまだ田舎で、富栄さんはここいらでは見かけんようなきれいで垢抜けた人でした。
銀座で美容院やってはったぐらいでしたからね、ハイカラさんでした。
背丈もあってスラッとしててね。手先も器用でね。
戦後は中原淳一さん風のしゃれたワンピースをチャチャッと上手に縫って着てはりました。

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映画監督 出目昌伸

富栄さんが滋賀県に疎開されていたのは、小生が国民学校6年生から中学1年生の時期。
私の生家とは50メートル足らず、いわゆる隣組でした。
とかく暗いムードの町内に、突然降ってわいたような江戸っ子女性の出現は事件でした。
メガネがよく似合い歯切れのいい東京弁を話す富栄さんに、
都会女性の典型を見る思いでした。
今も明朗闊達で垢抜けた印象ばかりが記憶にとどまり、
モンペ姿の富栄さんが思い浮かばないのです。戦争末期、機銃掃射も何度か体験しました。
富栄さんは老人や子供を引率して近くの山に避難させる役をしておられました。
そのテキパキした立ち居振る舞いから、
後年太宰をして<スタコラさっちゃん>と言わしめたのも納得です。

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山崎富栄の夫奥名修一の妹 梢

富栄さんは優しい品のいい人でした。兄と富栄さんの結婚式の日、
私は出られなかったもんだから後でお宅に遊びに行ったんです。
忙しいだろうにブラウスを縫ってくれたんですよ。お家には外国の家具がありましたね。
うちにはもったいないような立派なご家庭のいいお嫁さんでした。
兄が生きて帰っていれば、富栄さんは死なずに済んだと思います。
あの戦争さえなければ・・・。

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夫 奥名修一
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by vMUGIv | 2011-05-12 00:00 | 昭和戦前
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