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太宰治 その8

★後妻 教師 石原美知子
1912-1997 明治45-平成09 85歳没


■父 地質学者・校長 石原初太郎


■母 クラ


●長女 富美子
●二女 喜代子
●三女 宇多子
●長男 左源太
●四女 美知子
●五女 愛子
●二男 明


◆明治45年 山梨県生まれ。
◆甲府女学校卒業後、東京女子師範学校に進学卒業。
◆昭和08年 21歳 山梨県の都留女学校で地理と歴史を教える。
◆昭和13年 26歳 井伏鱒二の紹介で太宰と見合い。
◆昭和14年 27歳 太宰と結婚、山梨に新居を構える。三鷹に転居。
◆昭和16年 29歳 長女誕生。太宰、太田静子28歳と出会う。
◆昭和19年 32歳 長男誕生。
◆昭和20年 33歳 山梨の実家へ疎開、さらに太宰の実家へ疎開。
◆昭和21年 34歳 三鷹へ戻る。
◆昭和22年 35歳 太宰、山崎富栄28歳と出会う。二女誕生。愛人静子34歳が治子を生む。
◆昭和23年 36歳 太宰39歳が富栄29歳と入水心中、二人とも死亡。


●園子 政治家津島雄二と結婚 婿養子
●正樹 知的障害・身体障害 早逝 
●里子 作家津島佑子


美知子は山崎富栄や太田静子など愛人の存在は知っていたが、
関係の詳細や隠し子までいたことは太宰の死後に初めて知った。


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青森在住の太宰の御目付役 中畑慶吉

美知子さんの話は、最初甲府でバス会社に関係している斉藤さんという方から
井伏さんに話が持ち込まれ太宰が承諾したのです。
結納金を誰が持って行ったのかの記憶は薄れてしまいましたが、
たぶん北さんと私だったと思います。額は500円でした。

式が済み宴もお開き近くなって、新婚旅行を兼ねた甲州旅行ということになりました。
一応念のために北さんと私が太宰を物陰に呼んで
「旅行の費用は心配ないな?」と申しましたところ、
「いや、お恥ずかしいことにこの通り2円少々しか持ち合せがございません。
結納金の半返しが無かったので、きっと今日いただけると思って期待していたものですから」
北さんと私は呆然といたしておりましたが、
2円では話にもならないのでその場で2人して300円余りを渡しました。

美知子さんという人はしっかりしすぎているくらいの人でしたが、
そういうガッチリしたところがなければ、あの戦後の動乱期を3人の子供を抱えて
生き抜いてこられなかったという考え方も成り立つわけです。
美知子さんと結婚して三鷹に所帯を張ってからは、
彼にとってうるさい存在だった私もさすがに遠慮してそれほど頻繁には訪ねませんでした。
それでも月の10日前後には必ず井伏鱒二先生のところに挨拶に行っていました。

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妻 津島美知子

昭和13年11月6日、ささやかな婚約披露の宴が私の実家で催された。
結納は太宰から20円受けて半金返した。
太宰はこれが結納の慣例ということを知らず、10円返してもらえることを知って大変喜んだ。

酒屋・煙草屋・豆腐屋、この3つの彼に不可欠の店が近くに揃っていてお誂え向きだと、
私の実家の人たちに冷やかされた。
酒は1円50銭の地酒をおもに取り、酒屋への支払いが月に20円ぐらい。
酒の肴はもっぱら湯豆腐で、
「豆腐は酒の毒を消す。味噌汁は煙草の毒を消す」と太宰は言うのだが、
実は歯が悪いのと何丁たいらげてもタカが知れているところから豆腐を好むのである。

毎日午後3時頃まで机に向かい、それから銭湯に行く。その間に支度しておいて
夕方から飲み始め、夜9時までに6、7合飲んで一節語ったり歌舞伎の声色を使ったりした。
ご当人は飲みたいだけ飲んでぶっ倒れて寝てしまうのであるが、
近隣みな寝静まった井戸端で汚れ物の片づけなどしていると
太宰が始終口にするわびしいというのはこういうことかと思った。

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結納金について、中畑は500円と言い、美知子は20円と言う。美知子は半返しもしたと言う。
しかし続いて美知子の述べている月20円の酒代と比較してみても、
20円の結納金というのはあまりにも少ないのではないか。
あるいは、二人とも結納金という言い方をしているが、
美知子は婚約の際の金のことで、中畑は結婚の際の金のことで、別々のものなのかもしれない。
また、間に入った太宰が両方に適当なことを言って、いいようにしてしまった可能性もある。


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弟子・大学教授 堤重久

「芸術家の女房というものは難しいもんだね。
少し崩れた所がなければ務まらないし、崩れすぎちゃあお話にならない。」
「先生の奥様はいかがですか?」
「これはまた真面目すぎるんだねえ。
日本女子大の1回目だか1回目だかの卒業生の娘だろう。崩れたところが少しもないんだ。
女房としてなすべきことは何でもきちんとやるし、欠点というものが無いんだねえ。
故郷から俺に着物を送ってきてさ、ウキウキして着込んで、
どうかね、似合うかねなんて聞くと、真面目な顔つきで眺めて、
似合いませんねなんて言うんだもの。がっかりしちゃうよ。」

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両親と大きい順に 富美子 喜代子 宇多子 左源太 美知子
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立つ左から 妹愛子 美知子 弟明 姉富美子
座る左から 太宰 母クラ
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by vMUGIv | 2011-05-08 00:00 | 昭和戦前
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