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太宰治 その4

★愛人 田部あつみ 本名田部シメ子 『道化の華』などのモデル
1912-1930 大正01-昭和05 18歳没


■父 花屋 田部健次郎


■母 西シナ


●ハツヨ
●タマヨ
●ナルミ
●達吉
●武雄
●シメ子 田部あつみ


◆大正01年 広島県生まれ。末っ子として両親兄姉から溺愛されて育つ。
茶道・華道・日本舞踊などの芸事を一通り身につけた。

◆大正14年 13歳広島市立第一高等女学校に入学するが、
良妻賢母を作る厳格な校風が肌に合わず断髪・洋装して街を闊歩したて評判となる。

◆昭和02年 15歳 女奇術師松旭斎天勝の舞台に魅せられ弟子入りを願い出る。
天勝は認めてくれたが、父親が大反対したため話は流れた。
あつみは女学校にもサボりがちになり、とうとう勝手に退学してしまう。
父親はこの時弟子入りを認めていたら、
太宰と心中して死ぬこともなかったかもしれないと後々まで悔やんでいたという。

◆昭和05年 18歳
3月喫茶店<平和ホーム>のウエイトレスとなり、あつみ目当ての客で繁盛した。
そんな熱心な客の一人が喫茶店<チロル>の経営者高面順三であった。
4月あつみは高面と同棲して<チロル>で働き始める。
<チロル>は、作家や画家、演劇人の集まる芸術的な雰囲気の漂う喫茶店であった。
客の熱気に押される形で高面も役者への夢を募らせて行く。
夏、高面は役者を目指すため<チロル>を親戚に譲って上京。
しかし役者への道は厳しく就職口もなく所持金も無くなって行く中で、
高面は1ヶ月も経たないうちには神経衰弱になってしまう。
あつみは生活のために銀座のカフェ<ホリウッド>の女給になる。
常連客であった大学生の太宰のツケが支払えなくなったため、
二人は11月28日鎌倉の海岸で睡眠薬心中を図る。
太宰21歳は生き残ったが、あつみは死亡した。上京して半年後の死であった。


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太宰の姉キョウの夫小館貞一の弟/太宰の弟礼治の同級生 小舘保

太宰と一緒にホリウッドで遊んだ小館保によると、
田辺あつみは明るく、機転のきく、いい女であった。

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◆夫高面順三は郷里の山口県に戻り書店主として成功、
大商店の令嬢と結婚して3人の子供にめぐまれたが、広島の原爆で一家は死亡した。
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by vMUGIv | 2011-05-04 00:00 | 昭和戦前
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