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太宰治 その1

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■祖母 イシ
跡取り息子の父惣四郎が早死にしたため、伯母キサの婿養子惣助に育てられた。
23歳で夫惣五郎と死別、娘タネは病弱、婿養子源右衛門は政治好きで家を空けることが多い、
気丈なイシが津島家に君臨した。地元では<金木の淀君>と呼ばれていた。
太宰が津島家から勘当同然となったことにも、イシの意向が多分に働いていた。


■父 新興大地主 津島源右衛門
もと松木永三郎 先代の娘の婿養子となる
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■母 先代津島惣五郎の娘 タネ
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■母タネの妹・叔母キエ
キエは2度結婚したが2人の夫と離婚・死別したため、4人の娘を連れて実家に戻っていた。
病弱な姉タネに代わって自分の子供と一緒に太宰を育てたため、
太宰はキエを母親と思い込んでいた。
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●タマ  平山良太郎を婿養子に迎えるが、本人死別
●トシ  津島市太郎夫人 
●文治  早稲田大学卒業 岡崎レイと結婚
●英治  東京の商業学校卒業 タカと結婚
●圭治  東京美術学校卒業後病死
●アイ  津島正雄夫人
●キョウ 小館貞一夫人 貞一の弟に小館保、小館善四郎がいる
●修治  太宰治
●礼治  中学時代に病死


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津島家から依頼された太宰の御目付役は2人いた。
青森県在住の出入りの呉服屋中畑慶吉と東京在住の出入りの洋服屋北芳四郎である。
2人は連携して太宰が死ぬまで尻拭いに奔走した。

青森在住の太宰の御目付役 中畑慶吉

津島家が呉服費として毎月支払う金は500円を下回るということがありませんでした。
当時近在の村で嫁入り衣装をととのえる時、
たいていの家では30円ほどで50円の支度ができる家は
村に何軒も無かったことを考え合わせるとその大きさがわかると思います。
大正11年、文治さんと奥様との御婚約がととのった時は、
津島家から3,000円の結納をして長くこの地方の語り草になったものです。

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■太宰治 本名津島修治
1909-1948 明治42-昭和23 39歳没


★愛人 女給田部あつみ 本名田部シメ子 『道化の華』などのモデル
1912-1930 大正01-昭和05 28歳没


★前妻 芸者紅子 本名小山初代 『姥捨』などのモデル
1912-1944 明治45-昭和19 32歳没


★後妻 元教師 石原美知子 
1912-1997 明治45-平成09 85歳没


★愛人 太田静子 『斜陽』のモデル
1913-1982 大正02-昭和57 69歳没


★愛人 美容師 山崎富栄
1919-1948 大正08-昭和23 29歳没


●後妻の子    園子 政治家津島雄二と結婚 婿養子
●後妻の子    正樹 知的障害・身体障害 早逝 
●後妻の子    里子 作家津島佑子
●太田静子の子 治子 作家太田治子




◆明治42年 6月19日青森県に生まれる。
◆明治45年 03歳 姉タマ死亡。
◆大正12年 14歳 父死亡。青森県立中学校入学、豊田太左衛門宅に下宿。
◆昭和02年 18歳 弘前高等学校文科に入学、藤田豊三郎宅に下宿。
義太夫を習い始め、花柳界で放蕩するきっかけとなる。
◆昭和03年 19歳 芸者紅子/小山初代16歳と知り合う。
◆昭和04年 20歳 弟礼治死亡。睡眠薬で第1回自殺未遂。
◆昭和05年 21歳 東京帝大文科入学。左翼活動へのカンパ開始。兄圭治死亡。
初代を東京に呼び寄せる。
初代が結婚を前提に津島家に引き取られ留守になった間、
カフェの女給田部あつみ18歳と睡眠薬で第2回自殺未遂、あつみは死んだが太宰は生き残る。
初代18歳と結婚。
◆昭和06年 22歳 左翼活動に関して西神田署に留置され取り調べを受ける。
◆昭和07年 23歳 左翼活動に関して兄文治とともに青森警察署に出頭して左翼活動と絶縁。
◆昭和10年 26歳 東大退学。都新聞の入社試験不合格。鎌倉山中で縊死で第3回自殺未遂。
盲腸炎から腹膜炎を併発して入院、この時使用された鎮痛剤パビナールにその後依存する。
◆昭和11年 27歳 薬物中毒治療のため入院。入院中初代が浮気。
◆昭和12年 28歳 初代の浮気発覚。
初代と睡眠薬で第4回自殺未遂、二人とも生き残る。初代25歳と離婚。
◆昭和13年 29歳 井伏鱒二の紹介で教師石原美知子と見合い。
◆昭和14年 30歳 美知子27歳と再婚、山梨で新居を構える。三鷹に転居。
◆昭和16年 32歳 長女誕生。
ファンレターを送ってきた太田静子28歳が訪ねてきて不倫関係になる。
◆昭和18年 34歳 母死亡。
◆昭和19年 35歳 長男誕生。前妻初代死亡。
◆昭和20年 36歳 美知子の実家へ疎開、さらに太宰の実家へ疎開。終戦。姉キョウ死亡。
◆昭和21年 37歳 祖母死亡。三鷹へ戻る。
◆昭和22年 38歳 愛人静子を訪問、『斜陽日記』を受け取る。
二女誕生。愛人静子34歳との間に娘誕生。山崎富栄28歳と不倫関係になる。
◆昭和23年 39歳 6月13日愛人富栄29歳と入水して第5回自殺、二人とも死亡。



パクリ作品 再構築作品
<生まれてすみません> 評論家山岸外史のイトコで詩人寺内寿太郎の詩から
『女生徒』 19歳の読者有明淑子の日記から
『正義と微笑』 弟子堤重久の弟堤康久の日記から
『パンドラの匣』 読者木村庄助の闘病日記から
『トカトントン』 読者保知勇二郎の手紙から
『斜陽』 愛人太田静子の日記から
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by vMUGIv | 2011-05-01 00:00 | 昭和戦前
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