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森鴎外 その5

★前妻 登志子 離婚
1871-1900 明治04-明治33 29歳没


■父 赤松則良男爵
1841-1920 天保12-大正09 79歳没


■母 林洞海の娘 貞子
1855-1912 安政02-明治45 57歳没


●範一  次代当主
●登志子
●登久子 土子金四郎夫人
●満利子 堀口正重夫人
●喬二
●加津子 北村明太郎夫人
●曽代子 横田保兵衛夫人
●盛三  何盛三となる
●古登子 成田古登子となる
●庸男  色部庸男となる
●子寅  官僚
●美登子 宮崎美登子となる
●浪江  大橋貞勝夫人
●酉乙  西酉乙男爵となる


★前夫 森鴎外


★後夫 弁護士 宮下道三郎

*男子と女子を生んだがいずれも早逝。登志子も肺結核で死亡。


赤松家の長男範一から父則良へ出した明治23年10月6日付の手紙の下書きと
思われる資料が見つかっている。
この頃、鴎外は結婚生活を送っていた花園町の家に妻子を置いたまま、
家を出て千駄木に転居している。
手紙はこの二人の別居問題について息子から父親に報告するものであった。

●普段夫婦で一緒に外出することもなく遊歩することもなく登志子は談話も好まない、
自分とは気性が合わず文筆活動の妨げになる、登志子と相談した上で別居した。
●登志子と於菟の生活費はできるだけ仕送りをする。
●母乳でなくとも牛乳で育てることもできるから於菟を引き取れる。

範一が伝える鴎外の言い分は、鴎外は於菟を森家に引き取るつもりだったのか
引き取るつもりはなかったのかわかりにくい。


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鴎外&登志子の息子 森於菟

登志子は家庭で良き教養を受けて書道・国漢学・長唄・舞踊などのたしなみは
特に深かったのであるが、父に嫁した年17歳でわがままの抜けきらぬところがあり、
気難しい書斎にのみ親しむ父の機嫌を取ることが拙かったと見える。
格別容姿の美しい方でもなかったのも一つの原因ではなかったかと思う。

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鴎外の日記 登志子の死を知った日

ああこれ我が旧妻なり。於菟の母なり。
赤松登志子は眉目妍好ならずといえども、色白く丈高き女子なりき。
和漢文を読むことを解し、その漢籍のごときは未見の白文誦すること流るる如くなりき。
同棲一年の後、故ありて離別す。

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by vMUGIv | 2012-01-05 00:00 | ヒト
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