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by vMUGIv
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森鴎外 その1

■父 医者 森静男
もと吉次静泰 先代の娘の婿養子となる
1835-1896 61歳没
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■母 先代の娘 峰子
1846-1916 70歳没
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●林太郎 森鴎外
●篤次郎 医者・劇評家三木竹二 
●喜美子 翻訳家・歌人→孫は星新一 
●潤三郎 歴史家 


男性左から 
鴎外 賀古鶴所 篤次郎 増野春直 小金井良精 久子の父長谷文 青山胤通 潤三郎
女性左から
喜美子 峰子 西岡升子 清水格亮夫人 清子 小金井の母幸子 篤次郎の妻久子
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■森鴎外 本名森林太郎
1862-1922 文久02-大正11 60歳没


■前妻 赤松則良男爵令嬢 登志子 離婚
1871-1900 明治04-明治33 29歳没


■後妻 判事荒木博臣の娘  志げ バツイチ同士再婚 
1880-1936 明治13-昭和11 56歳没


●前妻の子 長男 於菟 医学者 
●後妻の子 長女 茉莉 小説家 
●後妻の子 二女 杏奴 随筆家
●後妻の子 二男 不律 早逝
●後妻の子 三男 類  随筆家


◆文久02年 1862 2月17日島根県津和野に生まれる。
藩医の嫡男として幼い頃から漢文やオランダ語などを学ばされた秀才であった。
◆明治02年 07歳 藩校養老館入学。
◆明治05年 10歳 上京して洋学塾進文学社でドイツ語を学ぶ。
◆明治07年 12歳 東京医学校にに入学、途中で東京大学医学部と改称。
◆明治14年 19歳 東京大学医学部卒業。陸軍軍医副となる。
◆明治17年 22歳 陸軍省派遣留学生としてドイツに留学。
◆明治21年 26歳 帰国。ドイツ人女性エリーゼ来日。
◆明治22年 27歳 赤松登志子と結婚。
◆明治23年 28歳 長男於菟が生まれるも、登志子と離婚。
◆明治27年 32歳 日清戦争に軍医として従軍。
◆明治29年 34歳 父親死亡。
◆明治32年 37歳 小倉に飛ばされる。
◆明治35年 40歳 東京へ戻り、荒木志げと再婚。
◆明治37年 42歳 日露戦争従軍。
◆大正05年 54歳 母親死亡。陸軍退官。
◆大正11年 60歳 7月9日死亡。
死因は萎縮腎とのみ発表されたが、
戦後、長男於菟によって萎縮腎と結核が死因であったことが発表された。


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鴎外の息子 森於菟

昭和29年父の33回忌に、二つの放送局から私の声が流れた。話の要点は、
「鴎外の死は世間一般に信ぜられているように萎縮腎のみによるのではない。
腎臓も侵されていたがそれは直接に死の原因となる程度ではなく、
主因は肺結核、それも壮年時代から長く潜んでいた結核病巣の
老年に至って活動化したことであった」
このことを隠していたのではなく、この時まで私はまったく知らなかったのである。
父の事績を忠実に記録したのは父の末弟なる森潤三郎であるが、彼も真実を
知らなかったのでその後の伝記の誤りはすべてこれに端を発しているといってよい。

私にこれを語ったのは父の死床における主治医額田晋博士である。
「いつか君に言っておこうと思っていたのだが、
鴎外さんはすべての医者に自分の身体も体液も見せなかった。
僕にだけ許したので、その尿には相当に進んだ萎縮腎の徴候が歴然とあったが、
それよりも驚いたのは喀痰で顕微鏡で調べると結核菌がいっぱい、
まるで純培養を見るようであった。鴎外さんはその時、これで君に皆わかったと思うが、
このことだけは人に言ってくれるな、子供もまだ小さいからと頼まれた。
それで二つある病気の中で腎臓の方を主にして診断書を書いたので、真実を知ったのは
僕と鴎外さんの親友賀古翁と鴎外さんの妹婿小金井良精博士だけと思う。
もっとも奥さんに聞いた時、鴎外さんがよほど前から痰を吐いた紙を集めて
庭の隅で焼いていたと言われたから、奥さんは察していられたかもしれない」
これは私も思い当たるのである。「パッパが萎縮腎で死んだなんて嘘よ。
ほんとは結核よ。あんたのお母さんから感染ったのよ」と言ったのを、
継母継子という悲しい関係から何かカチンときて黙殺してしまったことを思い出す。
父に去られた登志子は赤松家に帰り、その後法学士宮下道三郎に再嫁、
一男一女を挙げたが早逝、自分も健康次第に衰え里方に帰り明治33年1月28日に没した。
その病については私は幼児祖母から肋膜炎と聞かされたが、
実は肺結核であったことを聞いた。
母の真正直な話に反発したことを慚愧する次第なのである。

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by vMUGIv | 2012-01-01 00:00 | 明治
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