直球感想文 本館

2018年 更新中
by vMUGIv
カテゴリ
以前の記事

森鴎外 その7

★後妻 荒木志げ バツイチ同士再婚
1880-1936 明治13-昭和11 56歳没
華族女学校卒業


■父 判事 荒木博臣
1837-1914


■前妻 津天


■後妻 浅子


●前妻の子 虎太郎 法学者
●後妻の子 三雄  
●後妻の子 茂子/志げ
●後妻の子 栄子  鳥山氏と離婚・法学者山口善六と再婚


★前夫 渡辺財閥明治屋治右衛門商店の三男渡辺勝太郎 離婚

*勝太郎の女性問題から実家が志げを連れ戻した。20日余りの結婚生活であった。


★後夫 森鴎外 バツイチ同士の再婚


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
仏文学者 後藤末雄

夫人は丸髷に結って黒縮緬の羽織を着ておられた。
夫人は34、5であったろう。年頃としては渋好みの身なりであった。
細面で色の浅黒いのが目についた。
眉毛は濃く、目にはさしたる特色もなかったが口元が小さかった。
そして話しをされると、言葉が唇からこぼれるかと思われた。
やさ形で手先も華奢であった。
そして衣装といい、態度といい、端然として一分の隙もなかった。
整った目鼻立ちに薄化粧なのが品良く見えたが、
色の浅黒いせいかどこか顔に険があった。
奥方という言葉の内容から野暮な要素を抜き取り、
御新さまという言葉の粋な分子を奥方の語義に加えたのが鴎外夫人の外貌であった。
「粋で高等」という形容詞はかなり矛盾しているから、
こういう女性に出会ったことがなかった。
鴎外夫人こそまさにこの形容詞をもって修飾すべき唯一の存在であろう。
夫人は闊達でよく笑われた。
話しぶりにも、東京人の人に特有な洗練と流麗があった。

鴎外先生の月給は袋のまま母堂の手に渡されたそうである。
そのせいか夫人の勝手許は、さほど豊かではなかった。
夫人は渋谷に荒木山といいう広い空地を妹さんと一緒に持っていた。
夫人は子供の物を思うように買えないから、
一文の所得もないこの地所を手放したいと言って、
私の知人に紹介を頼まれたことがあった。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
孫/鴎外の息子於菟の子 森真章

お祖母さんは姿勢が真っ直ぐな人で、孫の僕から見ると、
例えば『半日』や大人の話から聞くのとはだいぶ違うんです。
非常にきちんとしているのです。
端正な感じで絶対に取り乱さないような感じの人で、落ち着いていて非常に品が良くてね。
お祖母さんと話をすると、お祖父さんがそばにくっついているような感じがするんです。
それでいつもお祖父さんを一番感じるのは、父の謹厳な話よりも、
また茉莉叔母さんの面白い話からも感じられましたけれども、
一番身近に感じられたのはお祖母さんを通してです。
別に直接話さなくても、そばに寄り添っているような感じでしょうか。
今もその感じが残っています。
とにかくお祖母さんは、人の噂に出てくる話とは違ってまったく立派な人でした。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


c0287367_21254185.jpg
c0287367_21254658.jpg

c0287367_1313627.jpg

c0287367_21255245.jpg

女子左から 茉莉 不明 志げ 杏奴 峰子
c0287367_1355260.jpg

[PR]
by vMUGIv | 2011-01-07 00:00 | 明治
<< 森鴎外 その8 森鴎外 その6 >>


お気に入りブログ
検索
記事ランキング