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by vMUGIv
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澁澤龍彦 その4

◆27歳 父親死亡。結核再発。同じ校正アルバイトの矢川澄子と出会う。
◆30歳 2度目の結核完治。
◆31歳 矢川澄子29歳と結婚。
◆38歳 自宅を建てる。
◆40歳 矢川澄子38歳と離婚。


★前妻 矢川澄子 翻訳家・詩人
1930-2002 昭和05-平成14 72歳没 自殺   

教育学者矢川徳光の娘
東京女子大学外国語科卒業後、学習院大学独文科へ編入。
学習院大学卒業後、東京大学美学美術史科へ進学。
25歳で澁澤龍彦と出会い、29歳で結婚、38歳で離婚。
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澁澤の前妻 矢川澄子

<むかしむかし、一人の少女と一人の少年が仲良くなって一緒に暮らし始めました。
二人の間には、やがて幾冊かの本が生まれました。>
それにしても本当でしょうか。本が本物の子供の代りだったなんて。仕方ありません。
身ごもった生命は片っぱしから水に流してしまう常識はずれの不遜な男女に
神様はそれならばというわけで、この二人にふさわしい子種を授けてくださった。
それが本だったのです。

「書けたよ」どんなに疲れて眠っていたりしても、
少女はその一言で飛び起きることができました。
入れ替わりに机に向かうのは少女自身でした。
翌朝編集者の現れるまでに少女はこれを清書しなくてはならないのでした。
書き上げられた草稿を常に最初の読者として読ませてもらう喜びと、
この人にこんなに頼られているという責任感が少女を支えていました。
清書ばかりではありません。協同体制はとっくに開始されていました。
文献を入手するための工面から始まって、資料調べを手伝い、時には下訳をし、
いよいよ上梓が近づけば校正を繰り返し、装丁に頭をひねり、
といった具合にこの工程のすべてに少女は望まれて関わっていたのでした。

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評論家・作家 埴谷雄高

澁澤は矢川さんに清書させた。
矢川さんは清書しながら自分の考えも入れて澁澤をかなり助けている。
澁澤はフランス語だけど、矢川さんはドイツ語なんです。
ドイツ語的な知識は矢川さんでないとできないんです。

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澁澤の前妻 矢川澄子

初期の『ピカソ伝』みたいに代筆しちゃったものもあるけど、創作では全然。
私が下訳をして、後から手を入れたというのはありますよ。例えば『O嬢の物語』ね。
澁澤が引き受けたものの、「時間が足りないから、お前ともかく全部訳しておいてよ」
ということで(笑) 訳しておいて、後で澁澤が。
だって私は彼の専属だったもの。彼に喜んでもらえることをやっていればいいんで。
向こうに役立ててもらえる、私の能力を残りなく発揮して役立ってあげられる。
あらゆる意味で満足しきってた。そのために生まれたとさえ思ってた。
この人が表現してくれれば、私は何も表現者じゃなくたって
彼の生活を支えてればいいような気になっていたから。
少なくとも矢川澄子名義で世の中に物を広めようなんて気は全然なかった。

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詩人・作家 中井英夫

天使の男の子と女の子が一つ家に棲んだとも、
矢川さんが澁澤を守護しているイコンとも見え、
乳母日傘というのは二人を言う言葉だと思った。

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澁澤の前妻 矢川澄子

私たちは理想的な夫婦、またとない組み合せだと人にも言われ、
みずからもそう思っていました。二人で一人前、二人で一つ分なのでした。
一つの精神を私たちは仲良く共有していたのです。

何かしたくなるとあの人はいつもこう言いました。<僕こうすることにしたよ>
私はいつも答えました。<じゃあ、そうなさって>
あの人の言うことはいつも決まっていました。<ね、いいだろ?>
私の答えもいつも決まっていました。<ええ、いいわ>
あの人は始めから言っていました。<年とってからでなければ結婚なんてするものか>
私は答えました。<私だって>
それから半年ほどすると、あの人は言い出しました。
<お前、僕のつれあいになれよ。僕を信じてどこまでもついておいで>
私は答えました<なるわ。ついてゆくわよ、どこまでだって>
つきあいが深まるにつれてあの人は幾度念を押したことでしょう。
<人並みの幸福を求めるのはやめようね>
私の答えも決まっていました。<求めませんとも>

でも二人はとうとう世間並みにひとつ家に暮らすはめになってしまいました。
するとあの人はこう宣言したのです。
<こうなるとお前は月並みに子供をほしがることになりそうだな。
でもそうなったらもうお終いだ。僕は絶対お前を独り占めにしておくからな。
子供なんぞに奪られてたまるものか。いっそのこと僕が子供になってしまおう。
僕はもともと大人にならないことにしてるんだもの。この思いつき、素敵だろ?>
私は答えました。<素敵だわ>

二人は熱心にそれぞれの役割を演じ始めました。
足かけ10年にわたるその月日、お芝居に酔っていられた間は楽しかった。
醒めてはなりませんでした。醒めたら最後、迷いが生じ足元に狂いが生じて
この楽園から追放の身となることはわかっていました。

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澁澤の前妻 矢川澄子

「あなたの結婚してた人って、子供を作らない主義の人だったんだって?
それであなた自身もそうだったの?」

「それがねえ、私は本当にどっちでも良かったのよ。
相手が欲しいって言えば喜んで産んだだろうし、邪魔だって言われれば喜んで堕してね」

「どうしても産みたいとかお母さんになりたいとか、全然思わなかった?」

「ぜーんぜん。だってご本人が完全に子供代りでいてくれたもの。
あの人、買い物だって頼めなかったわよ。
本屋さん以外はお店に入ったことなんかないんだもの。
わがまま坊ちゃんが身近の女手に全部頼り切って、それでようやく成り立つ生活ね。
昔は時々そいういう男の人がいたの。ましてや母親にとっての一人息子ともなると。
あの人甘やかされてたから堪えるってことを知らなくて、
お母様の作った料理をムシャクシャして気に入らないと言って
お膳ごとひっくり返したことだってあったわよ。
それをまたお母様はおどおどしちゃって、周囲の誰ひとりとしてたしなめられないの。
一緒になってからはお母様はホッとして息子のことはすっかりお嫁さんに譲っちゃってね。
そうなるとこっちはもうツーカーどころか、ツーって言われないうちから
カーって言っているような姿勢にみるみるはまり込んじゃって。
始まりがいけなかったのかもね。あの人ずっと病身で、
お見舞い通いが結局住込み看護婦になっちゃったような形だもの。
あんなにわがままで我慢嫌いの人が、病気や貧乏のおかげで
やむを得ず耐えているのって、それだけでもう精神的に美しく思えてね。
せめて自分の力でこの人の不如意を少しでも減らしてあげられればと思って。
そりゃあもう尽くし甲斐があったわよ。楽しかった。ほんと、没頭できたわね、あの生活は。
人並みの健康を取り戻してからも、二人の関係はずっとそのまんまだったわね。
子供なんて余計だって言われれば、本当にそう思えたし、
そんな余計者が二人の間にできちゃったとすれば、
そのために彼はまた我慢しなくちゃならないことが増えるわけでしょう。
あの人、私が他の仕事するのだんだん嫌がるようになってね。
お前が他のことに気を取られているのを見るとイライラしちゃうって言いだして。
だから奥さんでいる間は仕事らしい仕事は何ひとつしない女になっちゃった。
奥さん兼お母さん兼ナース兼セクレタリー兼ハウスキーパーとして
フルに生かされてる感じで、片時の暇もなく充分燃焼していられたわね」

「でも、結局出てきちゃったんだ」

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撮影:矢川澄子
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by vMUGIv | 2015-07-04 00:00 | 昭和戦後
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