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2017年 更新中
by vMUGIv
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森鴎外の子供たち その17

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森茉莉から小堀杏奴への手紙 ※複数から抜粋

〔爵宅に〕4晩泊まった。
珠樹の顔は好きだった。珠樹の顔の中にあって笑う爵の顔に
見とれ見とれ見とれ尽くして眠って(並んで妻も子供も)は起き、
話しては食べ、食べては話し、眠っては起き、夜も昼もメチャメチャである。
爵がママに対する今までの躊躇はよくわかり、いい心だった。
ママも杏奴も変わらぬそうだ。類はもっと細かったが、好男子で驚いたそうだ。
爵がママと同じのお洒落で嬉しかった。旭谷夫人・朝子さんにも満足した。
彰〔爵の息子〕の名は〔茉莉の再婚相手と同名であるから〕ちょっと困ったが、
彰そのものは素晴らしい。しつけもいいし、ユーモアがいっぱいだ。
9つの爵がパパとママのあの時の心の関係を的確につかんでいて、
そのためにパパにママ同様に憎まれ小さい白い目で疑われたことがわかりました。
いじめられたのは恐ろしいが、狂喜。

爵も現在のところでは家庭があり、彼女があり、
その上に私であるから気の毒であると思う。
これは理性で、感情では爵にはまるでへだてがないので、
3,000〔円か〕では少ないと苦情を言い、困らせたが。

秋長の方〔モデル小説『記憶の書物』〕は恐怖がある。2つの恐怖である。
一つはいよいよ活字になると思いもかけず出来損ないであるかもしれぬという恐怖。
もう一つは爵の苦しみ。
あれからまた会った時、亨・類たちもいて、ああでもないこうでもないと話し合った。
その時私の長年書きたかったものだということ、
私としてはよくできたことなど言っている内に、
爵が「出していいよ」と何とも言えぬ平和な温かい愛情の笑い顔で言った。
たちまち私は気の毒さにゾッとし
「爵がそう言うとママは出さない、絶対に出さない」と言った。
「そうしたら亨に持って行かせる」 亨も笑っていた。
だがやっぱり悲しい顔で「出さないで」と言った顔が頭から去らない。
感情では「じゃあ爵は辰野隆さんとパパの方がママより好きなのね」
と言ってやりたかった。
けれども理性では私を〔成城の山田家に〕出入りさせることだけでも、
爵は辰野一派とパパを裏切ったのだ。

ともかく茉莉姉さんは、今度のこと〔類の原稿事件〕では杏奴にも類にも失望した。
両方でつつかれた感じで、一人前の人間のように扱われたとは思えなかった。
苦しんだ上に両方からやられた。
杏奴が桃子〔杏奴の娘〕の結婚について、いわゆる感心な非の打ちどころのない
家庭同士の結婚を望んているらしいのを私は初めて知った。
桃子の家は於菟兄上の家とはまったく違う。
違うところが良いところで、従ってそこから生まれる結婚も違うはずだと思っていた。
杏奴と四郎さんとの家は、やり方によってはもっと今より明るくさえなりうると思う。
そういう交際の間から理解のある感じの良い結婚ができそうに思う。
非の打ちどころのない家庭の可愛い奥さんとしての文章にファンが固定し、
その固定したファンによって動きが取れなくなっているからといって、
桃子の結婚までそのファンの想像するようなものにならなくてもいい。
五百〔類の娘〕たちなぞも、そういう線で行くことにしているようだ。
茉莉姉さんもそれの方に賛成だ。
仕方がないからそうするのではなく、その方がいいと思う。
完全も悪いものではないが、完全ばかりが良いとは言えまい。

神様のお恵みで爵は内緒で毎週来るようになった。
爵は少年時代青年時代に母が無かったので、
この頃になってその時代を取り返そうとしている。
そうして誰にも打ち明けぬ本心についてママと話をする。
ママの奇妙な小説を怒らぬようにけなしたり、ひどく褒めてくれたりする。
珠樹のいいキャラクテールだけを抜き出して創造した一人の別の珠樹のようにも見え、
9歳の爵のようにも見える。

火曜日にうっかり留守にしたら、爵が昼寝して帰ったらしかった。
爵は彼女に会うのを半分に減らすのは辛いし、
本屋に通いつつあるらしい。ハハハ。

去年の2月の痛い思い出と、今言ったことによって、
私の今後の生活は小説を書いていくよりないことを自覚している。
いずれはフィクションを書かなくてはならず、そうなればひどく落ちるから、
やがては雑誌社から見放され、元の随筆に帰れば、
生活していかれぬ程度になるのは目に見えている。
そうかといって、そうなったとしても書いていくよりない。
去年の2月の痛い思い出によって、於菟兄上には迷惑はかけられぬことが分明した。
類はもちろんこっちからお断り。
育てなかった息子たちに期待するという恥辱的なこともしたくない。
その頃心配してくれた杏奴にも、再び(千円でも)迷惑をかけたくない。
ここまでは私の理性。
だが私はもう誰も信じたいと思わないし、誰の顔も見たいとは思わない。
於菟兄上のところも杏奴のところも、結婚という世間の中の出来事が起こるし、
それが起こると私というものはマイナスを与えるだけの人間である。
そういうことになって、急に交わりを断つのもあまり愉快でない。
同情心があるから杏奴の方でも愉快ではないだろう。
於菟兄上くらい遠いとうまくいくが。
私はきょうだい・息子・どの人間にも、こっちからは幼児の心で対したつもりだ。
とにかく水の中で呼吸することになったに等しい今後の生活だからだ。
雑誌社・書店からの細い管には将来の保証がない。
また、きょうだい・息子は、良い人悪い人の別なく全部あてにならない。
こういう結果になったのは、結局は私に母性愛が無かったことと、
爵に子性愛が無かったこととが原因だ。
夫なぞは、どんな人でも別居ということがあったのだ。
死の時には、爵はどうなっているだろうか。
万事は神様のお心次第。

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# by vMUGIv | 2013-12-17 00:00 | 明治

森鴎外の子供たち その16

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森於菟から小堀杏奴への手紙 志げの葬儀のため一時帰国して台湾に戻る船上にて

このたびの不幸〔志げの死〕は申すまでもありませんが、
それに次いできょうだいたちよく話し合うことができたのは大きい幸福と存じます。
私が長い間不満であったことは、母上が私をある程度まで信用はしておられても、
常に警戒しておられたこと、父上とある程度を越えて親しくすること、
同じく妹弟と親しくすることを好まれなかったことであります。
母上が女としての純情から夫の愛情を独占したいという自然の感情と、
周囲の事情により二次的に作られた反感とよりせらるるものであったと思われ、
成長した近頃の私から見れば無理ならぬことであるが、幼い頃の私には致命的でした。
そのうえ美貌の母上が怒られる時の顔は、血肉の親しみのない者からは
恐ろしいものであったことがさらに一つの素因でありました。

茉莉さんの小さい時および不律の赤ん坊の時、
私は祖母とともにずいぶん可愛がったものでした。
それがだんだん祖母と母との感情の対立が激しくなり、
子供たちがあまり来ないようになってから私も疎遠になりました。
杏奴・類となると私との本当の親しい時はほとんど皆無なので、
私が妹弟に優しくせぬことをいつか父から指摘されて
「叱ることのできぬ妹弟は可愛がれぬ」
と私にしては珍しい反抗的な返事をしたことがあります。
それは私が腹の底を言う勇気がなく
「妹弟を可愛がるようにお母さんが仕向けて下さらぬのだ」
ということを直言しえなかったためなのです。
その頃祖母が私を亡くなった生母の実家へ連れて行きまして、
父上の黙認があったとはいえ一時物議を起しましたが、
その後交際することを許されたのは母上の広い御心の表れと感謝しております。
私は元来そんなにセンチメンタルではないので、
亡くなった母を気の毒な人とは思っていても
「母をたずねて何千里」なんて感傷はないのです。

母上と私との感情は年とともに緩和されてきました。
ことに父上が亡くなられてからは、親戚が入れば混乱が起りますが、
直接の間は良くなっていく一方のようでした。
妻に対してお心の解けなかったのは何とも遺憾でありますが、
妻の外に対する表れの全部がお嫌いのみならず刺激的であったのは致し方なく、
ただ悪意ある者として憎まれたのは思い過ぎですが、今はやむをえません。
妻は一通りの女です。普通に親しまれれば、相当にお仕えして
そのうち一通りの親しみが生まれ得たのでしょうが、言っても返らぬことです。

私は今度改めて真の妹弟を得たような気がして、喜びと心強さを深く感じます。
あなたたちもそう思って下さい。
茉莉さん・類さんの将来を、あなたおよび四郎さんと相談したい。
茉莉さんの配偶を得るのが第一であるが、
どうも今までのは的が外れてお互いの不幸を招いたと考える。
ともかく少しノンキなこせつかぬ人でなければならない。
私ならいいが、兄妹では夫婦になれない。
類君も早く細君をもらった方が良い。
おとなしく夫を軽んぜず家のことをよくする人を。
もちろん茉莉を先にすべきだが、
類の方に良縁が先にあれば機会を逸することはできぬから
茉莉の別居とその経済的根拠について考えねばなるまい。

黙っている習慣になっていると何も言うことがなくて困るが、
一度言い出すと話したいことは多い。

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# by vMUGIv | 2013-12-16 00:00 | 明治

森鴎外の子供たち その15

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フランス留学中の森類から日本の家族への手紙 ※複数から抜粋

パリ中、大人・老人・子供・片輪を見て
笑ったり指を差したりする下等者は一人もいません。
お母さんなんかには非常によろしい。
パッパが西洋人は上等だと言ったが本当ですよ。
ほんとにほんとにお母さんをリュクサンブール公園に連れて行きたく思う。

日本という国は何もしないでノンキに暮らしていても、
いつ殺されるか知れないような一種の気分
(共産党・人殺し・空き巣・交通・その他何々々々々)が絶えずあって痩せる一方ですが、
パリにはそんな気分はちっともちっともありません。
我々が異国人だからではありません。人のことなんか気にする人は一人もない。

今すごく素晴らしい音楽が上の部屋からもれてくる。
手紙を書くのをちょっとやめて類式ダンスをした。
ああ、芸術の都パリよ。また始まった、素晴らしい音楽が。
とても手紙を書く気になれない。このまま死にたいような音楽だ。
一生の思い出によく聞いておく。一生に二度はパリに来られまい。
こんな国だから芸術ができるのだ。東京は砂だから、何も育てる力がない。
パリは土だ、春の。

僕のためにパリという街ができたみたいに、すべて神経に合う。
実に実にパリは大好き。杏奴姉さんにも僕にもピタピタに合う。
幸福、二人とも元気なり。

日本という国は頭の上に細い糸で刀をつるしているような、
いつもビクビクビクビクしているような国だ。
パリはその反対で、
労働者は酒を飲んで女と踊り場に行く土曜日と日曜日の夜を待ち焦がれている。
暇さえあれば通る女にウインクして、ほがらかに太陽を浴びている。

パリは僕のために良いところです。
死ぬまで展覧会に絵を出さず、名を売らずに、ただ描いていればよいのです。
死ぬまで無名の学生でも、誰一人気にする人もいませんから。
裸体で外に飛び出しでもしない限り、人が気にしません。
この良さを一度お母さんに味わっていただきたいと思います。
「どちらへ、何銭持って、どんな心理状態でお出かけですか」
知っている人に道で会うとこんな感じで寄ってくる日本人を思い出して、
今の自分の幸福をはっきり知ります。

茉莉姉さんの三田文学が出て、パッパのことがよく書ければいいがと心配している。
茉莉姉は杏奴姉を好きで褒めるつもりで良く見せるつもりで、
杏奴はルルーのごとく可愛らしい人などと人に言うと
大変な自惚れになるから用心すべし。
非常な好意で誰よりも困ることをするのが茉莉姉さんだから、そのつもりで頼む。
茉莉姉は喜ぶとろくなことをしでかさないから用心用心。

杏奴は海に飛び込まないでおくれ、類はなるべく飛び込んでおくれと書いてあった。
類は杏奴の小使のつもりで洋行費を出したのだから気をつけておくれ、
横浜に船が着く時はもう用が無いから海に飛び込んでおくれ。
杏奴は高木さんと茉莉と私と宿の若い者と運転手とで守るから。
類は誰も助けてくれぬから、安心して死んでおくれと書いてある。

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# by vMUGIv | 2013-12-15 00:00 | 明治

森鴎外の子供たち その14

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フランス留学中の杏奴から日本の家族への手紙 ※複数からの抜粋

私は今までよりずっと気持ちが明るくなりました。
日本にいるよりどれだけ良いかわかりません。
考えてみると私たちのつきあう範囲が狭くほとんど親戚関係で、
お母さんが後妻であるためにそれらの間が複雑しているからだと思います。
私たちの周囲の人たちはみな名誉ある世間的には立派な人たちですが、
一人として暖かい心を持った人はいません。
あの人たちは世間のために生きている人たちで、言わば世間の代表者たちなのですから、
お父さんが死にお姉さんがああいう事情で離婚になり、
病身のお母さんと私たちだけになったので、
病気で弱っている獣を仲間のものがいじめるように苛むのです。
嫉妬・皮肉・あてこすり・人を陥れるのがあの人たちの日々の生活なのです。
私たちはまだ若く結婚という問題を控えているので、
どんなに辛くてもあの人たちに屈服しなければなりません。
いわゆる真面目な結婚と言われているのは最も世間的なもので、
私という人間を理解してもらえない限り
世間に少しでも悪評を立てられたら結婚することは不可能なのです。
それは退屈し切っているあの人たちの格好の餌食でした。
でももう今はあの人たちも私たちには手が届きません。
失望せずどこまでも正しく真面目に生きていけば、
必ず私たち人間を評判や経歴や肩書ではない本当のありのままに
分かって下さる人が必ず現れると思います。
最後までそういう人が現れなかったら、私たちは一人でいるより仕方がない。
それはたまらなく寂しいことですが、日本にいてあの人たちの意地悪や陥穽の中で
いじけながら暗い日々をおくっているよりははるかにましだと思うのです。

類が手紙を書かないのは、類が生活に生き甲斐を感じ、絵を描き、街を歩き、
良い友だちができて一日が楽しすぎるためなのよ。
かえって類のために喜んで下さい。
私がこっちへ来て一番喜んでいるのは、類がハアハアと言って退屈しないことです。
パリは神経質な人間のためには最良の地です。私ものんびりしてきたようです。

母よ、安心せよ。杏奴は男の子のように元気で活発で皆に親切にしてもらってる。
中江さん(皆で私たちのことを中傷したが)とは親友になった。
珠樹ざまみろと笑いたくなる。でも珠樹義兄さんは私のことは何も言わないそうだ。
類曰く「何も言うことはないもの」だと。

岡本太郎氏に会う。
太郎氏のフランス語はまるでフランス人のように上手なので驚く。
両親に可愛がられ、口を出ること皆思った通りを言う。
パッパの生きていた頃の私の如し。可愛くて吹き出してしまう。

滝川氏曰く「あなたのお母さんが病身の身体で2人の子供を
遠い外国へ出してやったその心持ちがわかりますか。
それだけでのあなたのお母さんがどんなに強く偉い人かがわかると思う」
私はそれを考える。姉さんの問題(例の佐藤家離別問題)が
外国へ来る主な原因になっていることなどを考えてみた。
姉さんに対する私の感情、これも今思うと私を恥ずかしく思わせる。
大人になった今、私は姉さんにもっと優しくしてあげられたのにと思っている。
姉さんのいいこと、それはあくまでも自分を活かしたい点にあると思う。
あまり常軌に逸しない限り勢いよくやってもらいたいと思う。
佐藤家のこと自体なにも恥じるには及ばない。むこうが悪いのだから。
ただ落ち着いて批判すれば、姉さんの言動に驚き、
なんでもいいから早く結婚させようとした一点にある。
姉さんは佐藤氏を愛した。これは自分の愛する人とわずかの間でも
結婚生活を送ったという良い思い出として残してもらいたい。

日本にいるとヤレヤレと思うぐらい月日が長い。
その間には人が気にするし、悪口を言うし、嫌なことがたくさんある。
私もお母さんさえいなければどんなにこっちの方が良いかわからない。
うちの人は神経質だからパリのノンキな所が気に入るのだろう。
とにかく類は5、6年はこっちにいた方が良いと思う。
私は3年ほどで帰り、類だけ残したらなど思う。
茉莉姉さんと入れ替わるのも良し。

もう今までのように一家が死んだような家ではない。
(職業・結婚がなくても)私たちのはち切れそうな元気で家の中は賑やかになるだろう。
何より重大なのは類がしっかりしたことだ。
これだけは姉としてつくづく嬉しくまた自慢にもなる。
真面目でおとなしくよく勉強し、なかなか男らしくなってきた。
やっぱりパッパとお母さんの子供である。
お母さんよ、私たちが元気で帰りさえすれば、家中に春が来るのだ。
人生はどんなに楽しいことかわからない。

中江妍子さんの話に、軍艦を見に行った時、
珠樹義兄さんが爵と亨を連れて見に行ったらしい。
可愛い坊ちゃんだと言っていた。2人とも元気だそうだ。
ことに亨ときたら茶目で元気いっぱいでずいぶん手に負えぬらしい。
今度のマダム〔珠樹の後妻〕は、
それを見ても子供を卑屈にさせることはしないらしいので安心だ。
お母さんも安心されたい。爵も元気らしい。
珠樹義兄さんが実によく子供の世話をしていて感心させられたそうだ。
電車の中などでもいろいろと気を配って面倒をみていた由。
また2人だけを連れて外出するところをみると、マダムが割に気の大きい人と思う。
中江さんの叔父さんは石川欣一氏である。
例の俊輔さん〔珠樹の弟〕、赤ん坊殺しの件で、
珠樹義兄さんがもみ消してくれと頼みに来たので、
記事を出すなと言ったところ、その新聞社は記事をやめた。
ところが他の新聞は一斉に書き立てたので、
新聞社はカンカンに怒り叔父さんをクビにすると騒ぎ、
もう少しでクビにされかけ実に困ったそうだ。
また偶然中江さんが不良少年に待ち伏せされた話をした。
それが長尾の光ちゃんだった。光ちゃんを知ってると驚いていた。
珠樹義兄さんは光ちゃんのことは人に話さないらしい。
世間って広いようで狭いもので、
光ちゃんが中江さんに知らないのに不良ぶりを発揮するのだから面白い。
とにかく珠樹義兄さんの頭が優れて良いのと交際上手で魅力のあるのとで
持っているので、その周囲は醜態のかぎりだ。
義兄さんでさえ、女中さんとの間に子供もあるとの事。
その他お爺さんは妾を置くし、俊さんは人殺し、光ちゃんは不良と、
なにかあの空気は毒を持っているようだ。
爵・亨2児が浜子夫人の賢さによって、すくすく正しく清く伸びることを祈る。

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# by vMUGIv | 2013-12-14 00:00 | 明治

森鴎外の子供たち その13

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森志げからフランス留学中の杏奴・類への手紙

私は今まではパッパの書き残された物を類と真章〔孫/於菟の長男〕に譲りたかったが、
安静をしなくてはならない私の病気、後々のゴタゴタの心配りを無くすために
於菟にほとんど全部渡す。
千駄木の家の荷物の整理も杏奴帰朝の上、頼む。
姉さん〔小金井喜美子〕の物が大変だ。
これはやっぱり類に見せて意見も聞く。杏奴の意見はもちろんだ。
パッパの書き物、道具など、私が離しにくかったため
いろいろの誤解を招きお前たちに気の毒だった。
森家の金において少しもやましいことなどない。これはまったく誤解だ。
死ぬ時はただ魂さえ安らかなら良いのだ。

パッパの愛されていた松崎の額が広い廊下にある柳行李の中に入っている。
これも於菟に渡す。その他千駄木の家にある物は類の物。
物置に5円以下でパッパが買われた掛物がたくさんある。これも於菟の方へ渡すこと。
私はパッパ死後、パッパの書き残された物を自分で保護した。
お前たちに読ませる機会がこれまでなかった。しかし私死後は於菟の手に渡るだろう。
パッパの未発表小説『本家分家』(パッパが弟篤次郎の死後、
財産を横領したという世間の人の間違った疑惑を正した小説)
に書いたのと同じような間違った疑惑が私の上にかかることを慮られたのだろう。
パッパはその日記に、
私の荒木の両親から2度に譲られた財産の高を明らかに記し残された。
このことに関した部分は類が受け取ること。

●日露戦争の時、戦地から個人でなく皆々宛てにされて送られたる手紙、
凱旋後パッパが自分の所有とされた手紙。(裏打ちをして)2冊。
●『ノラ』原稿
●パッパの遺言書は於菟と同時に類も受け取ること。(この遺言書は当時写しを取り、
小金井・賀古・荒木・自分等とで署名してドイツの於菟に送った物)
●『本家分家』小説
●家の記録系図(これは於菟が千駄木の家を離れる時、
於菟の家の洋室に残してあった箪笥、現在物置にある、の中にあると思う)
●白河楽翁公の物に模した机(座敷の違い棚の下に置いてある)

■類の財産の上り高 1ヶ月 160円
■茉莉の〃           120円
■杏奴の〃           120円
母の死後は、
■類の〃            180円
■杏奴の〃           140円
■茉莉の〃           140円

少ないが、これだけより使えない。
洋行費は別にしてある。(パリ滞在の)
帰りの旅費・旅行費・その他雑費は、杏奴と類の利子を当てる。
母大病および後始末は、別に1万円、類の名にして別にしてある。
3人は大病をすると元金に手がつく。渋谷の長屋は別口だ。〔賃貸物件〕
これで志げの物は恩給だけだ。
お前たちは銘々家族ができるまで、次のような遺言書をこしらえておくれ。
『自分の名義の物・著作権ならびに印税を他のきょうだい2人に適宜に分けること』
茉莉の遺言書を参考に送る。
『遺言書 自分の名義の物・父上の本の著作権ならびに印税は、
杏奴・類の二人に遺すから、適宜に分配すること。 昭和7年7月3日 森茉莉㊞』
3人のうちどれでも死ぬと、その財産がムッシュ下谷の物になるから用心に如くはなし。
母の物はたいてい類の名前にした。
日在と伊東の地所がまだ母の名になっている。そのうち類の名にする。
類が死ぬとお母さんは恩給だけになるから、なるたけ死なないようにしてもらいたい。
杏奴が死ぬと、母の命もなくなる。
〔ここに茉莉による加筆〕<茉莉が死ぬ、〔お母さんは〕少し泣く少し喜ぶ。>

上の品は日本銀行保護箱と日本興業銀行保護箱と
私の箪笥の三段目の引き出しの中とに全部ある。
お前たちの帰朝の上パッパの書かれた物は読んでもらいたいが、
於菟より異議などありたる時は、
自分たちの友だちや茉莉姉と相談して方法を講じ途中で帰朝せぬことを切に望む。
姉さんは類と真章とは感情の上良いが、到底行われないだろう。

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# by vMUGIv | 2013-12-13 00:00 | 明治


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