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by vMUGIv
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シーボルトの子供たち その2

◆楠本イネ
1827-1903 文政10-明治36 76歳没

*日本人女性初の産婦人科医
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●師事した医師石井宗謙との間に私生児 高子


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娘 楠本高子

母イネと石井宗謙との関係を申しましょう。
母は石井宗謙を頼りて医術の研究に従事することになりました。
祖母タキは石井の宅へはるばる訪ねて参りました。
母の修業するさまを見届けようやく安心いたしまして、天神丸という船に乗って長崎へ帰りました。
その際母は石井とともに船に乗りまして、母を見送りまして二人帰ります途中、
船中で石井に口説かれましたが、
母は石井を嫌いまして懐中にした短刀をもって野獣のような石井を防ぎましたけれども、
石井の暴力に抵抗できずとうとう処女の誇りを破られました。
母は一度石井に姦淫されましてからその後は一度も石井と肉交はありませんでした。
母は石井を蛇蝎のように嫌っていたのです。ところが母は妊娠いたしました。
母が分娩いたしました際には、産婆を使わず自分で臍の緒を切ったそうです。
母は私を分娩いたしまして後、長崎へ帰りました。
母が出立の時に石井は見送りをいたしましたが、母は人でなしと大いに恨み罵りましたそうです。
母が石井を厭うたことは並大抵のことではございませんでした。
母は石井を甚だ恨んでいました。

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◆楠本高子
1852-1938 嘉永05-昭和13 86歳没
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左 母イネ   右 高子
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■前夫 医師 三瀬諸淵
1839-1877 天保10-明治10 38歳没
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■後夫 医師 山脇泰助


●前夫と死別後、師事した医師片桐重明との間の私生児 周三
●後夫の子 タキ
●後夫の子 タネ


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楠本高子

私は片桐を恨んでいます。
私が三瀬と夫婦になりましてから、その頃から片桐は私に想いをかけていたのです。
三瀬が没しまして、母イネは私に産科の稽古をさせたいという考えでした。
私は東京に行くことになりまして、海路東上いたしました。
船が湊川あたりに来た時に片桐は私を口説きまして、とうとう私は彼の毒手にかかりました。
母は仕方がないと思うのか、片桐を婿にしようといたしました。
とういうのは、私が妊娠いたしましたからです。
片桐は学問のない男で、あんな男に身を汚されたかと思えば今でもくやしくてなりません。
私は妊娠の身となりまして長崎に戻りましたが、
山脇泰助という人が前から私に想いをかけていまして是非私をもらいたいということでしたが、
私は身重のことでしたので母は体裁よく言い逃れていました。
しかして私は身二つになったのです。その子が周三でございます。
私の分娩のことは山脇の耳に入りました。
しかし山脇は妊娠のままで来てくれても良いのにと優しく言ってくれました。
こうした具合で、私は分娩後三月ぐらいも経ちましてから山脇に嫁したのです。

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by vMUGIv | 2013-02-02 00:00 | 明治
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