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大正三美人 柳原白蓮 その2

◆明治18年 10月15日白蓮誕生
◆明治27年 09歳 実父柳原前光44歳没
◆明治31年 13歳 学習院入学
◆明治33年 15歳 北小路資武子爵22歳と結婚
◆明治34年 16歳 息子功光を生む、北小路家が京都へ移住
◆明治38年 20歳 北小路資武子爵27歳と離婚


■最初の夫 北小路資武子爵 夫22歳&妻15歳で結婚・夫27歳&妻20歳で離婚
1878-1942 明治11-昭和17 64歳没

●北小路との間に息子功光


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白蓮&北小路資武子爵の息子 北小路功光

柳原の家は初子〔白蓮の父柳原前光の本妻〕でもっていたようなものだ。
初子の実家は宇和島の伊達家で、大変な金持ちだ。
公卿が貧乏だから伊藤伝右衛門と燁子の結婚があったように言うけど、ありゃ嘘だね。
柳原は豊かだったよ。金に困るようなことは何もなかった。

まだ子供みたいな母親だから育てられるわけがないさ。
燁子は文学少女で、わがままで、亭主が気に入らないときている。
5歳の私を婚家に置いてサッサと実家へ戻ってしまった。

中学に行くようになって、私は柳原の家から学習院に通った。
別れっぱなしに母子を会わせようと義光夫妻〔白蓮の兄夫婦〕が心を砕いてくれて。
あの頃はもう燁子は伊藤家の人になっていたからやっとお膳立てができて、
やっと親子対面の感動の場面があったかと言うと、まるでなかった。
冷めてた。実に冷たかった。

出奔の頃、燁子の小遣いが少ないとかいうミミッチイ話が噂されただろ。
伝右衛門と一緒の暮らしでは、現金なんか一文も要らないやね。
全部ツケでいいのさ。車で乗りつけて、物を買って、ツケてくりゃいいんだよ。

あの女、始終ボーイフレンドがいたなあ。
文士の出入りが華やかで、取り巻きも大勢いたし。
龍介さんとの間の恋文運びを、息子の私にやらせたこともある。
天衣無縫というか、誰でも簡単に好きになり惚れ込んでしまう女だ。
妊娠しちまったから決心もついたんじゃないか。
とにかく逃げたかった、脱け出したかった、誰でもよかった。
あれで子供が出来てなかったら、また浮気で済んだかもしれないさ。
それが済まなくなったから居直った、と私は解釈している。

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by vMUGIv | 2015-02-15 00:00 | 大正
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