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by vMUGIv
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谷崎潤一郎 その10

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和田六郎/大坪砂男の息子 俳優和田周

父は二十歳くらいの頃、当時大震災の後で関西に住み始めた谷崎潤一郎氏のもとに
単身乗り込み弟子入りをしました。
その時谷崎氏は、千代夫人と令嬢と弟の終平君を伴って有馬温泉に避暑に行ってました。
その前年の夏、大震災の直前、父の生家の家族と谷崎氏の家族とが
同じ避暑地で知り合ったというだけの縁で乗り込んだのですから、
あの気取り屋の父にしてはよほどの決意があったのかもしれません。
谷崎氏は温泉でも仕事のため部屋にこもりきりで、
退屈している千代夫人や令嬢のお相手は父が一手に引き受けたといいます。
その時以来すっかり父になついてしまった終平君が当時の父のことを、
その頃美貌の女形として人気のあった中村福助に似た美青年と書いています。
僕の口から言うのもおかしいですが、父は確かに貴公子然とした美男でした。
7人きょうだいの6子で、
姉たち3人はみんな学習院出でそれぞれ相当な名家に嫁いでいます。
兄たちも大学教授とかに収まっていて、半端なのは父一人でした。

父が谷崎氏のもとから逃げるように帰京してしまい、爾来ふっつりと
谷崎氏との関係を断ったのは千代夫人との結婚の夢が破れたからなのでした。
父と千代夫人の恋愛関係は昭和3年が白熱状態だったと思われます。
父と千代夫人の仲は谷崎氏公認というより、
むしろそそのかされる形で進んで行ったと言われています。
まだ存命している81歳になる母に聞いてみると、
兄まで呼びつけられて結婚の話が決定した後、
父は新生活の準備のため東京へ帰ったそうです。
谷崎氏からこのことを知らされた佐藤氏が、
谷崎氏の家に飛んで来て千代夫人と一晩語り明かしたそうです。
その件は父に通報されました。おそらく父に心酔していた終平君の仕業だと思います。
父はその場で決別の手紙を千代夫人に送りつけ、
以降一切この件から手を引いてしまったのです。
昔の恋人に泣いて相談したというのは自分を信用していないのだと
若気の短気で一途に思い込んでしまったようでした。
父の破婚の傷心を慰めるため父の兄弟は寄ってたかって父を色街に引っぱり出し、
芸者遊びを徹底的に仕込みました。
祖父の遺産を分配されて、どの兄弟も相当な資産を持っていたらしいのです。
ところがそういう無茶な浪費のためたちまち底をついてしまいました。

僕の母は父に負けない美形でした。
岡田嘉子をもう少し可憐にしたような派手な顔で、
一緒に歩くと僕をつれていても人に振り返られたものです。
父は母と結婚する前に同棲して二人の子供ができた人がいましたけれど
正式の結婚はしていません。
母は父が警視庁勤めの時の上司の奥さんでいた。
女の子が一人できた後、夫の浮気問題がこじれて母は離婚しています。
鹿児島の郷里に帰っているところへ父が駆けつけて口説き落としたそうです。
どうも上司の夫人に魅かれる悪癖があるようです。
父は前夫のところに残してきた女の子も引き取ると言ったのですが、
結婚してしまうと実行しなかった。
その一点で母は父を最後まで許しませんでした。
子供の目から見ると、父がかわいそうなぐらい冷たく当たっていたと思います。
父は母に惚れきっていましたが、他にも女を作って僕と妹の下にも弟が二人います。

母はいったい子供の教育など考えてみたことがあるのかどうか、
10歳の男の子に大人の情事のことまでこまごまと話して聞かせるのでした。
「これからお伺いするお父様の小説のお師匠様の佐藤春夫先生や千代奥様に
きちんと御挨拶なさいね。千代奥様はね、佐藤先生と結婚なさる前、
お父様と恋愛して婚約してたのよ。二人はとても愛し合っていたの。
でもその時千代奥様は谷崎潤一郎先生の奥様だったから、
二人は心中しようと思ったくらいなのよ」
疎開先の佐藤先生はどてら姿で鼻眼鏡をかけていました。
千代夫人はこれまたまったく身なりを構わない中年すぎたおばさんで、
黙っていたらもとからここに住んでいる土地の人のようでした。
ちゃきちゃきと小気味よく働き、客をくつろがせ、世話を焼き、
できる限りの饗応を惜しみなくしてくれる態度は温かく快いものでした。
とてもサバサバした人で、その場にいくら人が大勢いても
自分が中心になって取り仕切ってしまうような姉御肌のところがありました。

終戦後の新円切り替えで預金封鎖され、
生活費の引き出しは月500円と相場が決まっていたのが、
小説家など自由業の者はさらに500円の割増しが認められるので、
父は佐藤先生に頼んで門下の作家であるという証明をいただいた。
佐藤氏に師事して3年目にやっと先生の許可のもらえる小説が書けて、
先生のお世話で雑誌に載りました。
それが父の代表作『天狗』です。でも短編で一家4人が食えるわけもありません。
困り切った母が仕事口を探していたら、それを知った千代夫人から、
父をダメにしたのは母だとうんと叱られたそうです。
もっとも佐藤先生が美形の母にいくらか魅かれてコタツの中でラブレターを渡したので、
こんなことしないで下さいともめてたところへ千代夫人が帰ってきて
誤解されたらしいと母は笑っていました。
佐藤先生も女好きで、千代夫人は結構焼き餅を焼かれ続けていたようです。

千代夫人だけじゃなく佐藤先生までもが、
父に対してはなにかいたわるような感じがずっとありました。
父に対してだけは甘やかすような感じがありました。

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by vMUGIv | 2011-04-10 00:00 | 大正
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