直球感想文 本館

2017年 更新中
by vMUGIv
カテゴリ
江戸
明治
大正
昭和戦前
昭和戦後
その他
以前の記事

谷崎潤一郎 その8

●長女朝子 『細雪』鶴子のモデル 
1899-1981 明治32-昭和56年 82歳没
■夫 卜部詮三を婿養子に迎える
生年月日不明

●二女松子 『細雪』幸子のモデル
■前夫 実業家根津清太郎
1900-1956 明治33-昭和31 56歳没

●三女重子 『細雪』雪子のモデル 
1907-1974 明治40-昭和49 67歳没
■夫 松平康民子爵令息渡辺明
1898-1949 明治31-昭和24 51歳没

●四女信子 『細雪』妙子のモデル 
1910-1997 明治43-平成09 87歳没
■夫 ゴルファー嶋川信一
1909-1982 明治42-昭和57 73歳没


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
3番目の妻 谷崎松子

姉朝子は東京に移り住んで7人の子を養育、
嫁・婿によくかしづかれ孫たちと集い合いながら、
故郷の大阪に住んだより2倍半は長く東京に馴染んでしまった。

義兄も昨年入院して、息子・娘・嫁等に欠けることのない手厚い看護を受け、
これほど幸福な老人は見たことはないと担当の医師・看護婦に言われながら退院、
その後娘の婚家先で大往生したのであった。
残された姉は間がな隙がな至れり尽くせりの面倒をみてもらっていた。
毎日散歩をさせ気分転換を計り外食で好きな物を食べさせたりして
怠りなく注意をしていたが、今年はすべての機能が衰え出した。
83歳になるので今さら病院へ入れて不必要に苦しめたくないと家族の意見が一致、
極めて自然な死を迎えさせたく万全の手配を備えた。
幸い三男が開業医・嫁が女医・息子が心臓外科専門で病院に勤務しているので、
その点自宅療養にしても恵まれている。

妹重子は他界して早くも7年過ぎてしまった。
目立たないようにいつも影の人で、人知れず尽くして寂しく生きて寂しく逝ってしまった。
居るか居ないかわからない存在感の薄い妹は、隠れてしまうように騒がず、
また騒がれもしないで世を去った。
それでいて決して陰気でなく、華やかなことを人一倍好んだ。
没後の方がむしろ存在が瞭然としてきたような気がしている。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
渡辺重子の女学校時代の友人 堀キヨ

重子さんはとにかく藤永田造船の重役のお嬢さまですから、
いかにもおっとりした静かないいお嬢様でした。
遊びも一緒にしましたが、自分のことよりは人のことをよくお世話にする方でした。
積極的ではありませんでしたけど、それでも話を始めるとよくする方でした。
おとなしいけど、芯はしっかりした方でしたよ。

根津さんと松子さんが結婚して、
朝子さんが三菱商事にいるご主人の転勤で大阪にいらっしゃらなくなると、
重子さんと信子さんは松子さんの所へいらっしゃるようになる。
そのうち根津さんと信子さんがああいうこと〔駆け落ち〕になって、
重子さんは松子さんの方へいらっしゃるようになる。
谷崎潤一郎と松子さんが一緒になってから、松子さんが娘さんを引き取ることになる。
なんでも谷崎さんが男の子はいらないって言ったそうで、
それで恵美子さんを引き取ったんだそうですね。
松子さんの息子さん清治さんは、
橋本関雪さんのお孫さんの千萬子さんと結婚してから転勤になる。
転勤で京都を離れるのは嫌だって千萬子さんが言う。
その人がしっかりした人で、しょっちゅう家の中がゴタゴタしたいる。
そんなことで重子さんは京都にいても面白くないので、
お姉さんの松子さんの所に居ついてしまう。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
渡辺重子の女学校時代の友人 久布白伸子

私がお転婆でしてね、重子さんみたいなあんなおとなしい方と
どうして仲が良いのよっておっしゃった方があったんです。
重子さんは反対だから仲が良いのよっておっしゃって下すったんです。
賑やかな方ではなかったですね。
おとなしくって、コツコツと自分のすることはきちんとなさる。
女中さんの監督がお上手だったっていうのは、
やっぱりキチッとしてらっしゃるからでしょうね。
穏やかですけど、芯はしっかりしてらっしゃいましたね。
だから女中さんなんかにもキチッとおさせになったんじゃないでしょうか。
重子さんは裏方に徹する方ですね。
重子さんは華やかな話とか浮いた話とかは何もない方でしたけど、
お召し物のセンスなんかはとてもおよろしくて、
古臭いとか地味すぎるということはなくて割合にお派手でしたね。

私ご姉妹みなさんにお目にかかってるんですよ。
朝子さんがお母様代りで、松子さんはもう少しふっくらしてらして、
朝子さんと重子さんが細くて、松子さんと信子さんがちょっと丸顔でいらして。
重子さんが一番お母様似だというお話でしたね。ちょっと京人形のようなお顔立ちで。
朝子さんと重子さんはおとなしい消極的な方で、
松子さんと信子さんがお派手な活発な方みたいでしたね。
お召し物は和服ばかりで、お洋服をお召しになったことはございません。
泣き言なんかおっしゃることもございませんね。
それこそじっと堪えている方ですね。
嫌ということは、言葉へ出さなくても、うんとはおっしゃらないですからね。

私がお宅へお伺いさせていただいた頃は、
朝子さんはもう御結婚なさってもう赤ちゃんがいらっしゃいました。
ご主人様は三菱商事へお勤めでしたね。
それで東京に転任になられてからお父様が女の人を入れて、
それで信子さんがグレたという話を重子さんから聞きましたけど。
朝子さんがちょっとだけおっしゃいましたけどね、信子はプロゴルファーと結婚したんだって。
で、根津さんがすごくご姉妹のご面倒をよくご覧になったらしいですね、
松子さんが根津さんと結婚なすってからね。重子さんがよくそうお噂なさってました。

御主人のことはおっしゃいませんでしたね。「どういう方?」って言いましたら、
なにか家具の会社ですか、そういうことをしてらしてガンで亡くなられたって、
それだけしか伺いませんでした。
松子さんの男のお子さんが橋本関雪さんのお孫さんとご一緒になられて、
なんですか清治さんが転勤になられる時、行くのは嫌だと言って、
別れるとか別れないとか重子さんが話していらっしゃいました。
同居できないんだったら離婚してもいいわねって千萬子さんがおっしゃるから、
こちらもね、もう離婚してもいいよって言ってるんですよってことをおっしゃいました。
やっぱりお気に召さないところもあったらしくて、
京都へ行って一週間もいると頭がおかしくなるって言ってらっしゃいましたから、
うまくは行ってなかったみたいですね。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
秘書 末永泉

朝、先生と私の二人が中心になっていたこの家は、
10時を過ぎる頃からあちこちで物音が聞こえだす。
そして家族の人のいる奥の座敷が賑やかになるのは、お昼前頃からだった。
美しい着物姿の女性の笑い声が、家の内を支配していた。
この時間に、渡辺重子夫人も訪ねてくるのだった。
この頃はご主人の渡辺明氏と住んでおられたが、毎日こちらへ姿を見せていたのだった。

松子夫人はやや大柄、肩はなで肩で、全体ふっくらと肥えて
痩せていないのに、柳の木のようなしなやかさを感じさせた。
松子夫人の美しさは、咲き誇っている満開の桜の大木の花の美しさに似ていた。
明るくて大らかで華麗、そしてなんといっても大きさを感じさせた。
牡丹とか薔薇の花は一つ一つを観賞するが、
桜の花は一本の木の全体の花を一つのものとして鑑賞する。
性格もしっかりしていて大きかった。

渡辺重子夫人は少し複雑な性格をしていたように見受けられた。
控え目で口数が少なく決して目立つ人ではなかったが、
芯はとてもしっかりしているように思えた。
松子夫人より小柄だったし華やかな美しさは松子夫人ほどではなかったが、
なにかちょっとした言動に強い印象を残した。
挨拶を交わされる時でも、その笑顔とか押えた声はいつまでも記憶に残る。
私はこの人を当時から、個性的な松の木のような方だなと思っていた。
静かでしっかりしていて目立たないが、
なんとなく品位といったものを感じさせるのだった。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
渡辺重子の女学校時代の友人 中村和子

学生時代の私の感じを申しますなら、あのように美人でいらっしゃってられますのに、
御性格上ほんとうに目立たない、あまりお話しもされない静かな方、
両肩をちょっと前に出して学校の廊下を歩いてられたことなど記憶に残っております。
クラスのまとめ役の方、お席が隣であった方などに伺ってみましたが、
結局皆様同じようなことを申されていまして、親しいお友達もあまりなく、
エピソードなどもありませんようです。おとなしい優しい親切な賢い方で、
いくらか心の強いところもあり、内向的ともおっしゃってました。
「ともかく普通の方よ。『細雪』に書いてある通りよ」ということでございました。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
渡辺重子の女学校時代の友人 柴部藤枝

重子様の御性格は『細雪』で表現されております通りです。
さすがによく観察されていると存じます。
自分から進んで意見をお述べになったり、
授業中も手を挙げてお答えになるようなことはなさらぬ方です。
それでいて、指名されれば的確に解答されました。本当に頭脳の良いお人です。
エピソードと申されましても重子様はおとなしい人でしたから、
我々のように大口を開けて笑い転げるようなことは一度も見たことはありませんね。
でも皆が笑えば、同じように笑ってらっしゃいました。

大人になってからのおつきあいはクラス会で2、3度お会いしただけですが、
お人柄においては娘時代と少しも変わっておられませんでした。
しかし年月のせいでしょうか、あの方の天性でしょうか、
宿で夕食の時にビールを皆に注いで回られたりしたので、私どもビックリいたしました。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
谷崎家の女中 キミ

明さん〔重子の夫〕の逝去から3年半が過ぎていたが、
「今でも渡辺の奥様は、悲しくなるとお酒を持ってお蔵にお入りになるんです。
声が漏れないように中から鍵をかけて、
お酒を飲みながら『明さん、明さん』って泣いていらっしゃるんですよ」
とキミさんは自分も泣き顔になって土蔵を痛ましそうに指差したことがあった。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


重子
c0287367_20214424.jpg

信子
c0287367_20513199.jpg

立つ左から 根津清太郎 谷崎 上山草人 千代夫人 小出楢重
座る左から 重子 松子 信子 鮎子 不明
c0287367_8131655.jpg

立つ左から 不明 根津清太郎 竹田龍児 不明
座る左から 不明 谷崎 鮎子 信子
c0287367_8134499.jpg

左から 恵美子 松子 重子 信子
c0287367_8145291.jpg

左から 重子 信子 恵美子 松子
c0287367_815340.jpg

左から 信子 重子 松子 恵美子 朝子
c0287367_815919.jpg

左から 谷崎 松子 重子 恵美子
c0287367_2022296.jpg

左から 清治 女中 恵美子 谷崎
c0287367_22175477.jpg

左から 松子 恵美子 谷崎
c0287367_22181726.jpg

谷崎と恵美子
c0287367_2218244.jpg

[PR]
by vMUGIv | 2011-04-08 00:00 | 大正
<< 谷崎潤一郎 その9 谷崎潤一郎 その7 >>


お気に入りブログ
検索
記事ランキング
その他のジャンル