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by vMUGIv
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谷崎潤一郎 その13

◆昭和09 48歳
03月打出に転居、松子31歳と同棲。
04月松子、清太郎34歳に無断で離婚手続きをする。
丁未子、鳥取の実家に戻る。

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丁未子から妹尾君子への手紙 昭和9年5月1日 鳥取の実家から

母が以前ぐらい家にお金があればお前にもこんな恥多い思いをさせなくても、
思い切り啖呵を切って別れてやれるのにと憤慨していました。
やっぱりお金なんてもらいたくないくやしい気持ちで一杯なのでしょう。
お金出させたって、出させてやると思えば平気なものですが、
なんだか私の気性も恥を感じる方なのかくやしいとも思います。

丁未子から妹尾君子への手紙 昭和9年6月2日 鳥取の実家から
女狸〔松子〕のこと、そんなことと思って案じておりました。
でもなかなか助手の女狸〔重子〕もいて、
もろともだまし込んでいますからなかなか本性は現わしませんでしょう。
私も狸の子ぐらいの技はできるようになりましたが、
狸は狸でつきあっても真人間は真人間でつきあわねば通力を失ってしまいますわね。
狸戦法などサラリと捨ててしまえる日の早からんことを望みます。



丁未子から妹尾君子への手紙 昭和9年6月5日 鳥取の実家から

オヤジ〔谷崎〕気の毒でなりませんわ。あの狸でも本当にもう少し人間らしいならば、
どんなにせめてもオヤジを祝福してやれましょうに。
結局オヤジは神聖なる女性を感得せずして終わるのではありますまいか。
あの狸からオヤジが離れられないのは、
狸に心酔してるからより他の意味があるように思われますね。
私はオヤジさんのために何もかも投げ捨てたものなのでございますし、
オヤジさんを良くするためには自分を滅ぼしてもいいと覚悟していましたのに、
不覚にも周囲に悩まされてせっかくの心境を曇らせ病んでしまいました。
私は狸だって良くなれる見込みがあればどんなにいいかしらと思っておりますのよ。
私の対象は狸ではなく潤一郎なのですから、
潤一郎が幸福になれますれば狸だってオバケだっていいと思いますのよ。
昨日大毎の支局長に会いました時「奥村さんが『僕には谷崎さんのことはわからないけど、
なんだか丁未子さんがかわいそうで仕方がない』と言っていましたよ。
僕は始めからあれ〔松子〕はつまみ食いだと思ってました」と申しましたので、
「潤一郎がつまみ食いしたって私が文句言えませんわ。
こっちだって勝手させてもらってるんですから」と言いますと、
「してそのオナゴも来ましたか」と言いましたので「いいえ」と言いますと
「もちろんそうでしょうな。図々しすぎるや」と言っていましたけど、
ああ、不覚にも私は思わず潤一郎のつまみ食いを是認してしまったことになりました。



丁未子から妹尾君子への手紙 昭和9年6月12日 療養先の三朝温泉から

私は現状維持の間はこのままお金を取っても構いませんけど、
はっきりしてしまう暁にはお金なんかもらいたくない気持ちが
まだまだ心の底でモヤモヤしております。
潤一郎さんはどうしてもやりたくてくれているのなら
私も喜んですみませんと言いながらももらいましょうけど、
あの様子では惜しくてたまらないのにと思えまして、
そうすると私のしていることが
何か汚らわしいことのように思えて情けなくなってしまいますのよ。
お金が無くっちゃ生きてゆけぬ世の中とは知りつつも、
金をやっているのだから何をしてもいいという態度がいやらしくてなりませんけど、
まあこんな問題は今年中に考えておけばいいのですわね。



丁未子から妹尾君子への手紙 昭和9年6月29日 療養先の三朝温泉から

潤一郎さんよりお金届きましたら、100円父宛お送り下さいますよう願います。
すみませんがお会いになりましたら潤一郎にも左様お伝え下さいまして、
なるべく早くお金くれますよう願います。



丁未子から妹尾君子への手紙 昭和9年7月2日 療養先の三朝温泉から

潤一郎ちっとも手紙寄こしません。どうしましたのでしょうか。
何も変わりはありませんでしょうかしら。



丁未子から妹尾君子への手紙 昭和9年7月30日 鳥取の実家から

毎日の病院通いで、これからもまだ歯に通わねばなりません。
歯ができましたらさっそく上阪いたします。待っていて下さい。楽しみでございます。
7月分はおろか8月分のお金なるべく早く送ってもらわないと
歯の療治に安心してかかれませんという始末。
どうぞ折りを見て、潤一郎にその旨お伝え願えませんでしょうか。



丁未子から妹尾君子への手紙 昭和9年8月7日 鳥取の実家から

そろそろ私も鳥取を引揚げませんと悪評の立つ恐れもあります。
松子さんは根津さんのお金を借りに歩いておりますのですか。
それとも潤一郎のためのですか。自分のためでしょうか。
潤一郎のためとはどうしても思われませんけど。



丁未子から妹尾君子への手紙 昭和9年8月28日 鳥取の実家から

9月になればどうしても中旬までに必ず〔岡本に〕出てゆきます。
私はだいぶヒステリーになっていまして、
ひどく腹が立ちまして我慢できないことがしばしばあります。
なんという困ったことになったことかと悲しくなりますが仕方ありません。
岡本でもっと陽気な生活を始めたら治るかしらと思っております。
お金のこと言いたくないのですけど、約束の守れない人ですから困ります。
潤一郎もたいていではないのですが、まあ9月のことは9月に考えましょう。



丁未子から妹尾君子への手紙 昭和9年9月8日 鳥取の実家から

いつまでもグズグズしていましても出戻り娘の評判が高くなるばかりですから、
19日には上阪したいと存じます。
それでまことに恐れ入りますが、岡本へ行きますれば生活難ですから、
約束通りその月初めには間違わぬようお金届けてくれますよう、
潤一郎に御話下さいませんでしょうか。
潤一郎は私からお金の話を申しますと、
お金のことは妹尾様の口から聞きたいと申して怒りますので本当につらいのですが、
どうぞ事情お伝えおき下さいますよう伏してお願い申し上げます。



丁未子から妹尾君子への手紙 昭和9年9月12日 鳥取の実家から

早く上阪しませんと、鳥取の人々は私がもう別れて帰ったのだという噂を信じてしまいます。
とにかくしばらくでもこの噂を取り消さないと色々不利ですので、
経済上から考えれば鳥取にいる方が安定なのですけれども、
そんなわけにはゆかないようです。
私の心持ちも、どうしても一度岡本で自分の生活をしてみたいと思います。



丁未子から妹尾君子への手紙 昭和9年9月18日 鳥取の実家から

それではお金の顔をみましてから私は岡本へ出かけることにいたしましょう。
返すものは返却し払うものは払ってしまいまして、
きれいになりましてからでないと心持ち悪いですから。
大変太りまして妹たちがもうこれより太っては見苦しいと申しておりますが、
神経過敏のガミガミは直らなくて困ります。

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松子から妹尾夫妻への手紙 年月日不明

丁未子様には御身体あまり御すぐれなさらぬ御様子に承り案じております。
いつもいつも決まりの物遅れがちにて奥様に御迷惑をかけ、
まことに申し訳なく存じております。
先生〔谷崎〕も御承知のような気分の人ゆえ、
入れば何を打ち捨てておきましても丁未子様の分は一番先に回すのでございますが、
つい出費かさみ相済まぬことでございます。
1ヶ月以上遅れておりますとか、ぜひ早く追いつくように致したいと申しております。
そのうちにはきっと早い目に御送りできるようになることと待っております。
本当にお目にかかりたくて、
丁未子様のように始終奥様と御一緒にいられたらよいのにと妹と申しています。
私の方はとにかく丁未子様が御心持悪いであろうと遠慮いたしておりますが、
いつか御許しを得てお目にかかりたいと願っております。

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◆昭和10 49歳
01月丁未子28歳と離婚成立、松子32歳と結婚式挙げる。

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谷崎から中央公論社社長嶋中雄作への手紙 昭和10年1月22日

これはまだ関係者以外誰にも話さないのですから、
当分たとえ社内の人たちにも極秘に願いたいのですが、
今度いよいよ丁未子との離別も円満に話がつきましたので、
近々に目下の同棲中の夫人とほんの心ばかりの内祝言をいたします。
このことを貴下に申し上げますのは、そのため金を他からも少々は都合いたしましたが、
なお不足につき700円ほど貸していただきたいのです。
暮にもたびたび御無理を申し済まぬとは思いますが、
おめでたき話でもあるので御祝いのつもりにて御承引願いたく存じます。
なお小生が最も恐れることは、式を挙げる前にこのことが新聞記者等にわかると
大々的な記事にされる心配のあることです。
それゆえ何卒必ず必ず貴下一人にてお含みを願います。
まだ佐藤春夫の方にさえ日取りを知らしていないくらいなのです。
その代り、もしこの結婚のこと、ないし恋愛のことを書いてよい機会が来れば、
かならず貴社の雑誌にだけ書くことにいたします。


谷崎から中央公論社社長嶋中雄作への手紙 昭和10年3月9日
『文章読本』の5千部の印税750円さっそくながら御電送下されたく
なるべく月曜日にお願い申し上げます。
近々結婚の披露をいたしますので、いろいろ入用が多くて困っております。

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丁未子、上京して文芸春秋へ再入社。


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丁未子から妹尾夫妻への手紙 昭和10年7月2日 東京の下宿から
昨日潤一郎上京、まだ会いません。
2千円の御話結構に存じますし、しかし3千円のことがちょっと腑に落ちかねます。
どうして3年もかかるのかわかりません。月々150円ずつ出してくれても
2年かからず3千円になるのですから、もう少しこの点考えてみたいと存じます。
3年という月日が長すぎてアテにならないような気がします。
潤一郎の誠意が認められずこすさがまざまざ見えていやらしくてなりません。
お松の差し金があるように思えます。次から次へと人を食った話のように思えてなりません。
父もこのことその他、私の上京など気に病みましてもう上京してくれるなと
申しおりましたが、やはり私といたしましても先々のことを思えばそうもならず
思い切って上京いたしましたものの、3年では父のきこえもいかがかと思います。
なるべく早く安心してもらいたいと思います。

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◆昭和11 50歳
01月丁未子29歳、同僚の鷲尾洋三28歳と再婚。


谷崎38歳
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by vMUGIv | 2011-04-13 00:00 | 大正
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