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by vMUGIv
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谷崎潤一郎 その12

◆昭和06 45歳
01月12日丁未子と東京でデート。
01月20日丁未子にラブレター。

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谷崎から丁未子への手紙 昭和6年1月20日

今日小川さんが来ました。
大変あなたのことを褒め、なぜ秘書に頼まないのかと言っていました。
私は自分は頼みたいのだが、古川さん〔丁未子〕に遠慮していると曖昧に答えておきました。
しかしこの答えは私の正直な心持ちなのです。
私はあなたをあまり崇拝し尊敬していたために、
気おくれがして近寄れなかったのだと思います。
この私の心持ちは説明するまでもなく、あなたは知っていらっしゃったと思います。
私は過去において恋愛の経験がありますが、本当に全部的に
精神的にも肉体的にもすべてを捧げて愛するに足る女性に会ったことはなかった。
私の芸術の世界における美の理想と一致するような女性、
もしそういう人が得られたら、私の実生活と芸術生活とはまったく一つのものになる。
本当にあなたというものがわかってきたのは最近のような気がします。
もっと高い深い意味において、私はあなたの美に感化されたいのだ。
あなたの存在の全部を、私の芸術と生活の指針とし光明として仰ぎたいのだ。
私の芸術は実はあなたの芸術であり、私の書くものはあなたの生命から流れ出たもので、
私は単なる書記生に過ぎない。
私はあなたとそういう結婚生活を営みたいのです。
あなたの支配の下に立ちたいのです。
一日も早くあなたと一つ屋根の下に住めるようになるのを待っています。

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01月23日谷崎から妹尾に、現在丁未子の両親のOK待ちだと言う手紙。 


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谷崎から妹尾健太郎への手紙 昭和6年1月23日 

I must confess to you that,having arrived at Tokyo,
I was perfectly "moritsubusareta" by her at the first moment.
How could I do otherwise when
she was so lovely,beautiful,fine,clever & everything ?
Now we are only waiting for her father's consent
which she says will be gotten without so much difficulty.
Anyhow I shall go home within a few days.


"moritsubusareta"は<もりつぶされた>か? とにかく両親のOK待ち状態。
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01月24日新聞各紙に婚約報道。


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丁未子夫人の友人・大阪朝日新聞社会部記者 山下滋子/旧姓 隅野滋子

私たち女専の仲良しグループ(遊亀さん・白髭さん・オスン・私)は千代夫人を大好きでした。
岡本小学校の隣の小さな借家住居のお宅へ紹介状もなくいきなり
「猫を見せて下さい」と飛び込んできた田舎っぽい女子学生を玄関払いにもせず、
「さあさあ、どうぞ」とお座敷に通して白いペルシャ猫を二匹連れてきて下さった爽やかな態度に
すっかり千代夫人のファンになってしまったのです。
もっとも、谷崎氏もその日よほど虫の居所が良かったのか、また暇を持て余しておられたのか、
お座敷に出て来られ、「あなたたち、どこの学校?」などと話しかけられ、
帰る時にはいつでも猫を見にいらっしゃいと送り出して下さったのですが。
もし千代夫人が素っ気なかったりひどく感じが悪かったら、
私たちは二度とお猫さま拝見に行かなかったでしょうし、
武市さん→エーチャン→テマコのパイプもできなかったでしょう。縁というものは不思議なものです。
ともかく私たちは二度目のお猫さま拝見の帰りには早速、
川口の天仙閣で中華料理の御馳走になっていたのです。

根津夫人については大朝の小倉敬二氏などはいつも
「根津の細君はベッピンだよ」と誉め「だが彼女、谷崎に惚れてるな」と予言していました。
私は反対で、谷崎氏が根津夫人に特別の関心を持っておられると感じていました。
谷崎氏を含めて殿方は皆さん根津夫人のことを美人だと誉められるのですが、
私ども女たちは千代夫人の方がずっと知的な美人だと思っていました。
妹尾夫人にいたっては不思議な存在と言うよりなかったですね。
いつの間にか知らないうちに乗り込んで、
ハッと気づいた時はもう押しも押されぬ中心人物になっていたという感じ。
結婚の時あれほど反対したテマさんのことをお終いまでよく面倒を見ていましたね。
谷崎氏を含めて殿方は皆さん根津夫人のことを美人だと褒められるのですが、
私ども女たちは千代夫人の方がずっと知的な美人だと思っていました。

〔結婚の〕ニュースは東京から伝わったので、
大阪では谷崎氏&チョマさん〔古川丁未子〕は寝耳に水とばかり驚いていました。
早耳のNHK大阪放送局の奥屋熊郎さんでさえ夜遅く私に電話してきて
「本当にチョマさんなの?松子さんの間違いではないの?」と繰り返し念を押されたのです。
奥屋さんばかりでなく私だって、千代夫人と別れた後は必ず松子さんと
と信じ切っていたので、まったく意外な思いをしました。
これはどう考えても無理な結婚だ、年もキャリアも違いすぎる、一致点がない等々、
つまるところ長続きしない、せいぜい2年くらいの結婚生活だろうと、
知るも知らぬもおしなべてそのような予測をしていました。

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01月30日鳥取の丁未子の実家へ挨拶に行く、両親仕方なく許す。
03月千代35歳&佐藤39歳結婚式挙げる。
04月谷崎&丁未子24歳結婚式挙げる。
04月下旬谷崎夫妻・妹尾夫妻・松子で新婚旅行、谷崎&松子キスをする。


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3番目の妻 谷崎松子

どうしてそうなったんだか、どうやって二人で部屋を抜け出したんだか、
しめし合わせてそうしたのか、何も記憶にございませんの。
ただ、外で真っ暗闇の中で谷崎と抱き合ってキスしたことだけ覚えていますの

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05月芦屋税務署より税金の督促状来る。再婚前の贅沢生活でかさんだ
借金23,000円のため岡本の家を売りに出し、夫妻は高野山に転居。


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丁未子夫人から妹尾君子への手紙 昭和6年5月21日

一番困るのは思いもよらない時に小僧が現れることであります。
とにかく非常に面白い所で、自由に立川流なども研究できますから、
できるだけ早くお出かけ下さい。

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谷崎から妹尾夫妻への手紙 昭和6年5月22日

なにぶん広い家にたった二人きりですから、
丁未子はピコン〔催淫剤、転じてセックス〕以外に何の仕事もなく
退屈の態ですが、そのうちにお友だちもできそうです。

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丁未子から妹尾夫妻への手紙 昭和6年5月23日
リーク〔催淫剤〕ご夫妻へ
小僧の神出鬼没は決してピーに邪魔になるというのではありません。
聖山のことゆえ、まことに清浄無垢な心を持ってVATや百フランなどのことは
思い起こしだにしないでおります。あくびが出るのは、つまり・・・。
和尚が毎日一度は訪ねて下さいます。
63歳ですが奥さんは37歳です。私どもの好敵手です。


丁未子から妹尾君子への手紙 昭和6年5月23日
ご夫妻がいらっしゃってから非常に強く刺激剤となりすぎまして、
私はますますこの頃痩せました。
やはり妹尾夫妻の効果は偉大なるかなと私ども三嘆いたした次第でごさいます。

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谷崎から妹尾夫妻への手紙 昭和6年6月13日

能率の上がらないのは決してピコンのためにあらず。ご安心を願います。
丁未子はアンプロムプチュ〔即興劇〕は嫌いのよしにて、
ペエジエント〔野外劇〕の要求に応じてくれません。
室内にても、白昼は嫌がります。これには困ります。

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丁未子から妹尾夫妻への手紙 昭和6年8月6日

今日はお久しぶりにお目にかかれると思い早くから起き出てお待ちしておりましたのに、
ただいま根津さんからの電報でガッカリいたしました。
せっかく思い立ったことをそのままやめてしまいますのは
大変に気持ちの悪いものでございますから、どうぞ10日以降に
根津夫人〔松子〕を御誘いの上、御登り下さいますよう願い上げます。
根津夫人の手紙によりますともし御一緒に御登り下さいませんならば、
潤一郎さんがノコノコ出かけていかなくてはならないかもしれないような風なことが
書いてありましたのでどうぞよろしくお願い致します。

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09月谷崎下山して大阪の松子の相談に乗る。
11月夫妻根津別邸の離れに転居、母屋には清太郎・松子・重子・信子・清太郎祖母ツネがいた。


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谷崎から妹尾健太郎への手紙 昭和6年12月15日

例の話で昨日根津夫人〔松子〕を小生一人で訪問。
夫人9度近き高熱なれども2、3日を争う場合ゆえ、枕頭にはべってしばらく談じました。
大いに意を安んじた点があり、やはり夫人に聞いていいことをしたと思いました。

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◆昭和07 46歳
01月せい子30歳と和嶋彬夫と結婚。
02月魚崎へ転居。
03月根津商店倒産。
09月丁未子、妹尾家へ家出。

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谷崎から妹尾夫妻への手紙 昭和7年9月23日
御電話ありがたく存じ候。
丁未子たぶんそちらへ参上のことと推察いたしておりましたが、
電話をいただくまでは多少心配にて仕事も進まず困りおり候ところ
御心づくしの段かたじけなく存じ候。毎々色々御世話になる上に、
今回はまたとんだ事にて御配慮を煩わし御芳情筆紙に尽くしがたく候。
丁未子は女同士のことゆえ、なにかにつけ奥様におすがり申すことと存じ候。
当人は心中の苦しみを伝える人ほかに一人もなき有様にて、
余計御迷惑をかけることと存じ候。丁未子が御宅へ上がっている時は一番安心にて
かえって家にいられるよりも心配なきため、ついつい御好意に甘える結果となり候。


谷崎から妹尾健太郎への手紙 昭和7年10月18日
昨夜は参上、御芳情にあずかり有難く存じ候。
その節御談合いたし候件にて、根津夫人と結婚いたす場合には表面結婚の形式を
取らざるようにいたす旨申し上げ候ところ、それはその通りに御座候えども、
丁未子へ御話し下さる節には結婚は確定の事実のようにはお話し下さらぬよう願いたく候。
小生としては大概そうする予定に候えども、根津清太郎氏の心中もまだ多少疑わしく、
松子夫人離別のこと果たして可能なりや、万一可能なりとするも、
小生との結婚を森田家その他にて容易に承知いたすやいなや等のこと
ずいぶん疑問につき、小生一存をもって確固たることを言明いたしがたく存じ候。
もっとも丁未子へは当然結婚するものとして話した方が
かえって覚悟も定まる次第に候えども、
最初より結婚できるかどうかは未定のように申し聞かせたることゆえ、
ただいま突然確定の事実のように申しては、
またまた丁未子の心証を害する憂なきにあらず。
ただしあの時はそう言ったが、その後根津家の離婚話も
案外進展しつつありという風に御話し下さるならばそれもよろしくと存じ候。
要するに松子夫人と結婚できるならば昨夜の御話のような形式を取るつもりなれど、
そのことの可能と否とに関わらず丁未子とは離縁いたしたく、
即ち後者の方が第一義的に重要のこととして御話下されたく候。


谷崎から妹尾健太郎への手紙 昭和7年10月24日
小生が丁未子に望むところは、なによりも出所進退を立派にしてもらいたいということです。
小生の一番恐れるところは、丁未子が哀れむべき人間、
尊敬に値せざる女になってしまうことです。
丁未子がおせい〔和嶋せい子〕などを相談相手にして、小生の愛を取り戻そう
などとしていることが事実とすれば甚だ悲しむべきことです。
かわいそうという感じは起こりますが、敬愛の情とは最も遠いものになります。
丁未子はどこまでも彼女らしく自尊心をもって行動してもらいたく、
またそれに堪えうる婦人だと思います。このこと貴下よりよろしく御伝え願いとう存じます。
別れるとしても敬愛の情をもって別れたきものなり。
丁未子が浅ましく哀れなる女になっては互いの悲しみも一層深かるべし。
芸術家の妻のというものは世間公衆の眼前に行動するも同然ゆえ、
よくよく立派に振る舞うこと肝要なり。
遠き将来のことも思って、勇気をもって進退してもらいたし。
かくてこそ小生も障害丁未子を尊敬いたすべし。

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丁未子から妹尾君子への手紙 昭和7年10月26日

明日は夜上山草人氏と一緒に帰ってくるそうでございます。
ただ今、後藤氏と和嶋夫妻で歓談を交えているところでございます。
三味線など弾いて大騒ぎしました。
奥様もいらっしゃったらどんなに面白かったかしらと
おせいさん〔和嶋せい子〕と言い合っています。

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谷崎から妹尾夫妻への手紙 昭和7年12月6日
金50封入いたし候。ともかくこれだけお渡しくだされたく。
時計は是非御取戻し願い上げ候。無断にて持ち出し必要品を返さぬでは困り候。


谷崎から妹尾夫妻への手紙 昭和7年12月11日
七面鳥残骸は、昨夜小生の留守中丁未子一存をもって和嶋夫妻に提供し酒盛りを始め、
小生帰宅してみたら和嶋がもう一人の友達をつれていて酔いつぶれており、
3人とも泊まり込み候。
丁未子もだいぶ酩酊の様子に見え候間、小生も叱言を申さずそのままに致しおき候。
今朝小生寝ているうちに丁未子大毎社へ参り候につき帰宅の時間不明ゆえ、
今夜のところは参上できるかどうか不明に候。
それより明日堺へ参り、その帰途相談いたした方がいっぺんに片付くと存じ候。

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12月北畑へ転居
◆昭和08 47歳
01月佐藤夫妻から妹尾へ、谷崎夫妻と松子の三角関係を尋ねる手紙。

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千代から妹尾夫妻への手紙 昭和8年1月19日

ちょっとお尋ね致したいことができました。実は谷崎家の近状についてでございます。
和嶋せい子3、4日前に上京いたし、まことに意外なことを聞きました。
もっともせい子の申すことゆえ一概に信用も致しがたく、しかしまんざら火のない所に
上がった煙とも思われませず、お尋ね申し上げる次第でございます。
なにぶん手紙にては事面倒にて充分伺えるとも思いませんが、
お差し支えのない限りお漏らしいただきたくお願い申し上げます。

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03月根津ツネ死亡。
05月丁未子との離婚話まとまる。


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谷崎から親友笹沼源之助への手紙 昭和9年5月6日

丁未子とは昨年5月媒酌人および妹尾夫妻立ち会いの上、
事実上離婚したる証書を双方並びに立会人全部取り交わし申し候。
小生は将来丁未子が結婚するか独立していける職業でも覚えるか、
とにかく安心できるまで毎月150円ずつ仕送る約束にて、これは以来実行いたしおり候。
金は妹尾氏が預かり、毎月少しずつ貯金をいたしくれ候。
丁未子が身を引いてくれた態度はだいたいにおいて潔く、
夫人〔松子〕に対してもつとめて悪感情を忘れ将来は仲良く暮らさんとする意思にて、
これもひとえに小生の心事と芸術を理解してくれている結果とこれまた感謝にたえず候。
小生は夫人に対する尊敬の念強く、対等の夫婦としては暮らす気にはなれ申さず候。
また過去における再度の結婚生活の経験に徴するに、
普通の夫婦生活としては結局小生のワガママが出て不幸に終わる恐れなきにあらず、
やはりどこまでも夫人は実家の森田姓を名乗り、
小生は『春琴抄』の佐助のごとくにして生涯を送りたく存じ候。

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11月妹伊勢の問題で弟精二と絶交。


谷崎34歳
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by vMUGIv | 2011-04-12 00:00 | 大正
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