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by vMUGIv
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澁澤龍彦 その6

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澁澤の前妻 矢川澄子

Q 澁澤さんとの別離があって、矢川さんは谷川雁さんの方へ傾斜して行くと。

A 私は澁澤の中に子供の部分しか見てなかった。
もちろんメンタルなところで男らしいんだけど、日常的にはわがままな子供同然だし、
次に目についちゃった人は自分の父親を思い出させるようなタイプでした。
あんな風にスケールの大きな人というのはプラスの部分も大きいけど、
マイナス面のスケールもケタはずれでね。
あらゆる意味で澁澤のミニアチュールの世界とはまるで規模が違う。
離婚後、父に「私はやっぱりミニアチュールの完成に飽き足らなくなったんだと思う」
なんて話したら、「確かにそうだね」と頷いてくれてましたけど。

私が本当に楽しく踊らされながら、潜在的になんかおかしいなと思い始めた頃に、
たまたま昔の父親みたいな人と出会って、それでなんとなくということでしょうね。
だって全然別のものだと思ったから。
あっちは子供で、そこに今度は父親みたいな人が出てきただけでしょ。
その二人がお互いに嫉妬し合うなんてことは全然私は考えてなくて。
私だって澁澤に他の女性の出現を経験してたわけで。
現実にはあれよあれよという間にそういうことになってしまった。

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澁澤の前妻 矢川澄子

彼女は結果的には彼の全幅の信頼を一夜にして裏切ったのだった。
彼は動転し狼狽し混乱と興奮の極みにかろうじて持ち前の潔さを発揮しようとして、
二人の関係は今日限りきっぱりお終いにしようと言い出した。
彼女はもちろん頷いた。これまで10年越しにそうしてきたように。
夫婦喧嘩ということをついぞ知らずにきた夫婦の、これが最もふさわしい別れ方であった。

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澁澤の前妻 矢川澄子

Q でも谷川さんとは結婚なさらなかった。

A そこはまあ、お互いにひねくれ者ですから、いろいろあって・・・。
最後は黒姫でよき隣人でした。

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澁澤の前妻 矢川澄子

彼との生活は彼女のこれまでの仕事であり、ほとんど天職とも思われたのだ。
後継者も見つからぬうちに職場を去ることは間違ったことである
という意識を彼女はどうしてもふっ切れなかった。
「俺これからどうやって暮らそうか。お前、誰か次のいい娘、見つけてくれよ」
彼は彼女にそう頼みさえしたのだったから。
「やっぱりヨーロッパ行きだけは、最後につきあってもらおうかな」
彼がそう言い出した時、彼女にどうして断るいわれがあったろうか。
子供の修学旅行の前夜に倒れた母親のように、
彼女はこの付添いの約束は果たさなければという義務感のとりこだったのだ。
彼女の子をすぐにも欲しがっていた男には、この理論はもちろん通用すべくもなかった。
彼女が話を切り出したとたん彼はピシャリと心の窓を閉ざし、三者は三様に傷ついたまま、
それぞれに一人ぼっちで次の時代に歩み入るしかなかったのだ。

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澁澤の前妻 矢川澄子

A この詩には、澁澤の次の人への尊敬も込められているの。
2度目の人が出てきた時に、
耳で聞いて九州なまりの声が同郷の父とものすごく似ていたの。
しかも、昔の父のようなタカビシャな(笑)、理想主義的な言葉を吐いてくれるわけ。
子供時代の精神教育やら讃美歌やら、忘れていたものを思い出させられた
というところがありました、その人にはね。

『兎とよばれた女』の<神様>は谷川雁のつもりで。
1970年代、雁さんは<神様>みたいにたまに訪ねてくる人でしたから。

離婚の話が進む過程では、雁さんは私と結婚するつもりでいたみたいです。
女にモテる人でしたけれど、今までの他の関係を清算するって(笑)
でも離婚直前に澁澤と私との間でヨーロッパ旅行の計画が持ち上がっていて、
澁澤が旅行だけは一緒に行ってくれよと言うし、
私もそれが自分の最後の務めのような気がして、ともかく雁さんに相談したのね。
そうしたら、そのことが雁さんの目には澁澤にまだ未練があるというふうに映ったらしく、
いきなりピシャッと心を閉ざしてしまった。
誤解を解きたくても後の祭で、結局結婚も旅行もしなかった。
そのご関係は修復できたものの、雁さんは半年に一度くらい訪ねてくる人になったんです。
半年後とか続けざまとか、予告も無くいつ来るかわからないわけ。
そんな状態が10年くらい続いて、1978年には雁さんが黒姫に引っ越して、
きっと寂しかったのでしょうね、ここなら空地もたくさんあるから越してくればということで、
私も1980年に黒姫に家を建てました。それからは近所づきあい。

こちらが全力投球すれば相手も応えてくれるなって、そういう大きさのある人でした。
つきあいが始まった時「私、ともかく状況を変えたいのよ」と言っただけで、
私の考えていることをスッとわかってくれて。
もちろん問題も山ほどある人で、純情とひねくれのアマルガムで、
威張りんぼでしたしケンカもしましたけれど。

Q 澁澤さんとはケンカもしなかったと書いてらっしゃいましたね。

A ノンと言わなかった。ケンカもしなかった。
その頃は感情を抑制するのが知性だと思い込んでいたから、
はたから卑屈と見えるほど自分をないがしろにするようになってしまった。
そういう意味では(谷川とは)いい関係だったと思います。
心の支えになってくれましたしね。やっぱり、死なれると寂しい。

Q 矢川さんは、いまだに澁澤さんに惚れてる。

A そう。やっぱり澁澤を嫌いになったわけじゃないし。
私、一度も澁澤を嫌いになったことがないんですよ。

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澁澤の友人 種村季弘

その頃の矢川さんは澁澤龍彦さんと結婚していて鎌倉小町の二階建ての小さな家にいた。
一階にご家族がいて、上に彼女と澁澤さんがいたんですが、
八畳間に机を並べて床の間に本箱を置いて二人で勉強しているといった感じでした。

そのご矢川さんと澁澤さんは別れた。
そのころ僕は都立大学に勤めていたんですが、矢川さんは研究室に毎日のように来て、
もう一度鎌倉に帰りたい、どうしたらいいかという相談を受けました。
でも僕は第三者ですからどうしようもない。
それはご自分で澁澤さんと会って話すしかないんじゃないか、
そんなことを何度か言ったのを覚えています。
他にも相談を受けていた人はいただろうけれど、
澁澤家を出て下宿した赤堤が都立大に近いせいか連日のように来ていました。

そもそも澁澤のチャイルドネスを承知で一緒になったけれども、
それでは飽き足らなくなって父性的な人物のところに走った。
だけどその人が彼女の父親像を叶えてくれたかどうか。

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澁澤の前妻 矢川澄子

その家にいるかぎり、彼の呼び名は決まっていた。
だから少女もそれに倣ったまでだ。<おにいちゃん>
父・母・妹三人という家庭ではごく自然のなりゆきだったろう。

彼女のもとに彼の重病の知らせが人づてに届いた。
手遅れの喉頭癌ですでに声を失っているという。
見舞いに行ってやれよと昔を懐かしむ友人は言った。
あんなに仲の良かった二人じゃないか、このままではお互いにきっと悔いを残すよ。

彼女が病院を訪れたのは、彼が世を去る五日前激しい夕立のあとの夏の夕暮れだった。
病室に入った途端、彼女は再び昔ながらのおにいちゃんをそこに見出した。
別れも、その後も気まずさも、病が私たちを仲直りさせてくれたと彼女は思った。

彼は点滴の移動スタンドを押しながらエレベーターのところまで送りにきてくれた。
別れ際二人はおのずと握手しあっていた。顔と顔が少し近づいた。
少女はとっさに伸び上って囁いた。
「もう一度だけ、おにいちゃんと呼ばせてね」
くしゅんと、声にならない笑い声がした。

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2002/05/19 最後の写真   2002/05/29 自殺 
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by vMUGIv | 2011-07-06 00:00 | 昭和戦後
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