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岡本かの子 その5

◆28歳 慶応大学生恒松安夫が岡本家へ同居。
◆33歳 一平が世界一周旅行へ。


★第2の同居愛人 慶応大学生 恒松安夫 のち島根県知事
1899-1963 明治32-昭和38 64歳没


恒松安夫とかの子
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左から 一平 恒松源吉 かの子 恒松安夫 手前は太郎
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恒松源吉・安夫の兄弟が岡本家に下宿を始めた。かの子の父の知人の息子たちであった。
安夫は、子供が放置され、汚れ物は積み上げられ、洗濯物が散乱して、
あちこちにお金が落ちているという岡本家の惨状を見るに見かねて片づけるようになる。
そのうち家事・育児はもちろん家計も任されるようになり、こまめで気の優しい安夫は
いつの間にかかの子の女中兼秘書兼経理兼崇拝者にされてしまった。
以降20年、安夫は岡本家の秘書役を務めることになる。
影の薄かった源吉は数年後チフスで亡くなっている。


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恒松安夫の大学時代の友人 有森英彦

かの子は安夫に自分を<お姉さん>と呼ばせていた。

ある日、かの子が恒松に帯を結ばせていた。
「もっとよ、あら、締めすぎ。も少し緩く。あら、緩すぎた、きつすぎるってば」
なかなかかの子の気に入るようにはいかない。
「ちょっ、なんて不器用なんだろ」
「そんなこと言ったって、無理だよお姉さん」
おとなしい恒松は顔に汗をにじませ顔を紅潮させ苦心惨憺である。
ようやく締め加減が及第したら、次はお太鼓の形が定まらない。
いちいち文句をつけて、いつまで経ってもかの子の理想通りに出来上がらない。
「もう、いいわ。いいわよう」かの子は大きな目に涙をあふれさせ、
とうとう結んだばかりの帯を解いてしまった。
「こんな気持ちの悪い帯で、とても人の前に立って話なんかできやしない。
今日の講演は行きません。何とでも言って、あんた電話で断ってちょうだい」
とうとうかの子は帯が結べないという理由でその日の講演をすっぽかしてしまった。

太郎に対するかの子の態度なども、
普通の家庭に育った有森の目にはまるで継子いじめのように冷たく感じられる。
「可哀想だなあ、こんな小っちゃい子に」
叱りつけられている太郎に同情してつぶやくと、かの子に睨みつけられ、
「ほっといてちょうだい!私には子供なんて育てられません」と怒鳴りつけられてしまった。
まるでそれが当然のように
胸を張ってヒステリックに叫ぶかの子の態度に有森は度肝を抜かれ黙ってしまった。

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売れっ子漫画家となった一平は雑誌社の招待で世界一周の旅に出た。


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第2の同居愛人 恒松安夫

童女のかの子の生活は世俗を超越していて、文字通り探美耽美の生活に没頭していた。
かの子は時々恋愛めいた感情を抱き、
そうした時にはかの子の神経は針のように鋭く尖っていて、
一平はもちろん私にまで苦しい気持ちを告白するのが常だった。
私たちは彼女の気持ちを落ち着かせることにずいぶん苦心した。

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恒松は40歳の時に他の女性と恋に落ちて、岡本家を追い出される。

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by vMUGIv | 2012-06-05 00:00 | 大正
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