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by vMUGIv
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岡本かの子 その4

◆22歳 太郎誕生。実家が破産。
◆23歳 兄晶川死亡。早稲田大学生堀切茂雄と不倫関係に。
一平の了解のもと堀切が岡本家へ同居。
◆24歳 母親死亡。豊子誕生、里子に出すが死亡。堀切と妹キンとの恋愛発覚。
実家から堀切と縁を切るように迫られる。かの子精神衰弱で精神病院へ入院。
◆26歳 健二郎誕生、里子に出すが死亡。
◆27歳 かの子別の男性と不倫関係に。 
堀切は岡本家を追い出され郷里福島県に戻るが結核で死亡。


★第1の同居愛人 早稲田大学生 堀切茂雄
1890-1916 明治23-大正05 26歳没

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作家 中村星湖

大正4年11月、中村は堀切から相談を受ける。

「私と彼女との交際は私が雑誌の投稿家時代から始まっているのですよ。
最初向こうから手紙をくれまして、それから2、3年文通を続けておりました。
私が国の方の中学を卒業して東京へ出てきた時には、彼女はもう嫁入っていたんです。
手紙の上だけで恋していたのだけれど、私は自分のそれまでの心持を、
彼女が嫁入ったからって急に捨てるわけにはいかなかったのです。
彼女の方でも私を相変わらず愛しているといいました。
夫に対しては兄妹の感情しか持っていないとも言いました。
女の態度がそんなですし、彼女の夫は私を弟のようにかばうという風で、
私は彼らと一緒に住まうようにまでなりました。
けれど、彼女の親たちは私と彼女との関係がわかるとたいそう腹立って、
以後絶対に生家へは寄せ付けないと彼女に言い渡したそうです。
ところが、先ごろから彼女はまた別の男に心を向け始めたのです。
私ももうあんな泥沼のような生活に飽きました。一切を忘れてしまいたいと思いました。
誰かこの混乱している自分に、
本当の行くべき道を教えてくれる人があれば良いと思います。
催眠術などで心の方向が急に変わるものならば、それをかけてもらいたいとまで思います」

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一平は夫妻の家に堀切を同居させることを決断する。
この間に堀切の子と思われる2人の子供を生むが、いずれも夭折している。


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作家 生田花世

かの子は「あなたなら私の苦しみをわかってくれる」といきなり初対面の生田の家にやって来た。

その日のかの子は派手な大柄の空色の錦紗の着物を着て、
長い髪を結びもせず両頬でハサミが入れられ飾り毛を作ってあった。
肌は地肌も見えない白粉の厚塗りであった。
たちまち通りの子供たちが、かの子の異常さに目をつけぞろぞろ後ろからついてくる。

「人の思惑なんて全く考えない人ですからね、物に憑かれたようにしゃべり続けるんですよ。
育ちと性格の違いからくる一平との生活の食い違い、
初めは鷹揚に堀切を招くように勧めた一平が思いがけない嫉妬に悩まされ、
二階と一階を右往左往しなければならない切ない状態、
当時一平は酒毒と放蕩で肉体的に不能に近くなっていて、
性欲の強いかの子が一平では満足を得られなくなっていたこと、
堀切の結核体質者特有の性欲の強さがかの子を肉体的に満足させたこと・・・、
そんなことをしゃべり続けるんですよ。本当に困ってしまいましたねえ」

結局この日、かの子は7時間もぶっ通しで話し続けた。
生来の優しさと律儀さからいいかげんに聞き捨てにできなかった生田は、
その後3日も寝込んでしまった。

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息子 岡本太郎

若い母の情熱が、家に出入りしていた青年との間に思わぬ葛藤を描いたりした。
堀切という文学青年も彼女の愛慕者の一人であった。
鼻筋が通って細面のやや蒼白な顔に、漆黒の髪が無造作に落ちかかり背がスラッと高い。
いつも目のつんだ紺飛白を着流し、兵児帯がキュッと小気味よく
腺病質の彼の胴回りに結ばれていた。美青年であった。

彼はやがて一緒に住むようになった。
二階の父の画室の一隅に机を据え、石油ランプの光でよく熱心に小説を書いていた。
だが、このようにかなり無謀な生活が破綻なしで済むはずがない。
しかもここに母の一番可愛がっていたすぐ下の妹が登場したのである。
母にはタイラント的な気質が多分にあって、おとなしい妹は最愛の肉親であるとともに
従者であった。彼女は母に心酔し従属していて、母の好みをそのまま自分の好みとしていた。
結婚前はそばを離れることがなかったくらいで、小間使いの役目すらかっていたのである。
この妹が母の対象である堀切にやはり心身を打ち込んでしまった。葛藤は深刻であった。
母の性質の特異な一面として、自分の欲する対象にもし他人の思いがかかったならば、
おのれの心の内からそれを切り捨ててしまう病的なほどの潔癖性があった。
この時もそうだった。妹の心を知った母は、悲痛な思いで堀切を切り捨ててしまった。
彼はまったく狼狽して彼女の心を取り戻そうと必死になったが、ついに無駄であった。
まもなく結核が失意に悩み悶える青年の若い生命を断ってしまった。
多感な母の起こした渦紋はこれのみには尽きない。

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岡本かの子から作家生田花世への紙上書簡 大正4年9月号『青鞜』

一昨年の8月下旬、ちょうどあなた様がお訪ね下さった2ヶ月半ほど前に
私は産を致したのでございました。産はかなり安産でございました。
けれどもあとの肥立ちがあまり思わしくございませんでしたところへ、
ある日思いがけぬ刺激に襲われたのでございます。
あなた様がお訪ね下さった時には、こうした私が病院の2階の窓から、
「あれ、あの女がまた私の生血を吸いにきた。私のこの真赤な恋の若い血を妬んで、
あの醜い女が汚い紫色の唇をして真黒な大きな口をあいて、あれ、あれ、あそこへ」
などと普段から私の恋を呪っておる女の名など
叫び続けたりしていた最中なのでございます。

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兄大貫晶川の妻ハツ

ある日、おきんさんが東京から帰ってきてずっと泣いていたのがとても印象に残っています。
その日、堀切さんとのことでかの子さんと決定的なことがあったんだと思います。
堀切さんとおきんさんが、
二人で多摩川の堤を歩いていたとか鎮守さまの森で会っていたとか、
それはもうウチの女中や出入りの男衆が噂をするようになっていましたからね。

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第1の同居愛人 堀切茂雄

文芸雑誌に短い文などを投稿していた頃に、見知らぬかの子から私は手紙をもらった。
その手紙を頼って上京した私であることをもキンは知っていたからである。
もっとも私が彼女を訪ねた時は人の妻であった。彼女の夫はそうした私を寛容した。

キンが私のいる寄宿に訪ねて来たことがかの子に発見されてから、
キンはまったく私とかの子とから遠ざかった。
そして5、6ヶ月沈黙の態度を取っていたキンは、
羊のような彼女にも似合わない激しい脅迫をかの子に加えた。
彼女自身かの子の家に出かけてきて、
かの子に道徳だの倫理だのと小難しい理屈を言って威嚇した。

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堀切とキンの交際がかの子にバレて以来キンが疎遠になっていたのは、
かの子が実家の両親にキンについて激しく抗議したからであった。
かの子はキンを一日も早く嫁がせるように両親に迫ったので、
キンも反撃に出たのであろう。


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作家 中村星湖

かの子は中村を訪ねて、堀切とのことを弁解する。

キンから堀切への手紙を盗み読みしたかの子は、
キンが堀切の今の境遇に同情すると書いてあったことに激怒した。

「堀内さんはわたくしの妹なぞに同情されなければならない惨めな境遇にいるだろうか。
それはまるで私たちがあの人を虐待してでもいるようだと思いました。
わたくしこそ苦しかった。夫がいかに寛大だと言っても、わたくしはこれでも女です。
男二人の間に立ってどんなに気苦労してきたことか。
この心持ちも察せずに、ただ若いというだけを取り柄にして
あんな妹などに心を奪われかけたHさんがわかりませんでした。
苦情を言うならわたくしの方にどっさりあるのでございます。
複雑とか不純とかいうことは、むしろあの人の方にありはしなかったかと思います。
わたくしは一時に多数を求めるような女ではないつもりでございます」

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かの子の妹 キン

堀切さんが姉から私に愛を移したなんてことは全くございません。
姉と私は比べられるようなものではありませんでした。
姉は私より並はずれて優れていたいたのでございます。
ただ姉はタイラントでしたから、愛する者を可愛がると同時に
ひどく傷つけないではいられない不思議な性癖がございました。
堀切さんは姉の愛とサディズムのない合された激しさにヘトヘトに疲れたのです。
その時、私の中にほんの仮の安らぎ場所を見つけたに過ぎないのです。

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実家の父や弟は堀切との関係を清算するように、一平にもかの子にも忠告しに頻繁にやってきた。
そのたびに一平は二人の関係は夫の自分が公認していることだからと弁護するが、
理解されるはずもなかった。
結局キンは無理矢理に嫁がされ、かの子は実家から絶縁されるが、堀切はかの子の元へ戻った。
かの子はいっそう堀切を可愛がるようになり、大正04年頃まで関係は続いた。
もともと堀切は同居の最初から炊事・洗濯をして、一平の食事も作っていた。
かの子の退院後は看病をし、太郎・豊子・健二郎の世話もした。
しかし、かの子は新しい愛人を作る。


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第1の愛人 堀切茂雄

新しい愛人を作ったことを問い詰める堀切に対するかの子の言い分。

「それが今やっとあなたに分かったんですか。なんというノンキな人だろう。
私のこれまでの病気の苦しみを考えたら、
今さら何も言えないはずのあなたじゃありませんか。
私はあの病気をし始めた時から、あなたがもう嫌なんです。顔を見るのも嫌なんです。
あんな優しい夫にいろいろ迷惑や不自由をかけたり、故郷とも絶交になったり、
あのキンだっても根はあんなに悪辣な女じゃないのです。
それを誘惑したのもみなあなたです。あなたはこの世の敵ですよ、仇ですよ。」

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結局新しい愛人ができたかの子に疎まれて岡本家を追い出され
堀切は郷里福島県に戻るが結核で死亡する。

岡本家を出て行く時、かの子は豊子と健二郎の位牌を堀切に渡している。
さらに死の間際の堀切の日記には
<太ちゃん・豊ちゃん・健ちゃんを思う。可愛い太ちゃん、恋しい豊ちゃん・健ちゃん>
と書かれている。
太郎は不明だが、豊子・健二郎はやはり堀切の子だったのだろう。
一平とかの子は肉体関係を断つ誓いをしているので、少なくとも一平の子ではない。


左から キン かの子
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左から 太郎 キン かの子
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by vMUGIv | 2012-06-04 00:00 | 大正
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