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by vMUGIv
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森鴎外の子供たち その4

◆二男 森類
1911-1991 明治44-平成03 80歳没

*フランスに留学

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鴎外の息子 森類

本来画家志望でフランスに行きましたが、
帰国後芽の出ないうちに戦争で、食料の入手に心奪われ、
今は一介の本屋でございます、と説明するのもおっくうでただ黙っている。

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■前妻 画家安宅安五郎の娘 美穂子
1917-1976 大正06-昭和51 59歳没


■後妻 小屋恵子


●五百
●佐代
●りよ
●哲太郎


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鴎外の息子 森類

父のそばにいるのが、子供の頃の僕の幸せであった。
遊び疲れるとふと父の顔が見たくなって書斎の障子を開けると、
軍服の父はそこでなにかしら仕事をしていた。
ペンを持ち西洋紙を見つめて考えている時は、
左手の指に挟んだ葉巻から藍色の煙がゆらゆらと真っすぐに立ち上って、
良い香りが部屋の内にみなぎっていた。
「パッパ」と呼んでみると、顔をあげ必ず微笑してくれた。
遠いところを見ているような、花弁の影を宿しているような美しい目であった。
私は高く積んだ書物の間を縫って素早く膝元へ駆け寄り、
横座りに抱かれ広い胸に顔を押し付けた。
葉巻の匂い、丸善のアテナインキにペンを入れる音、西洋紙を繰る音、
私は安心で身も心も溶けるようであった。
父はいつでも優しく子供たちを迎え入れ、来客中でも変ることはなかった。
膝に腰をかけると「ボンチコや、パッパコボンチコや」と言って揺すぶってくれた。
僕はお礼のつもりで「パッパコや、ボンチコパッパコや」と言いながら父の頭を撫でた。
私は父の膝に乗ってうっとりとしたり、後ろへ回って頭の匂いをかいだりして楽しんだ。
競馬石鹸で洗うだけの何もつけない柔らかく短く刈った髪からは
清潔ないい匂いがしていた。
軍服の左の胸に勲章を佩びるための糸が一列に縫い込んである。
そこへ指を入れて、学校であった出来事や途中で見たことなどを話す。
先生が赤インキで間違えた漢字や仮名遣いを直して下さった綴り方を
見てもらうのもここである。
父は「どれどれ」と言いながら、綺麗に爪の切ってある清潔な手で
丁寧にしわを伸ばしてから読んで「よしよし」と言ってくれた。

僕は茶の間へ行って脚立に上ると博物館へ電話をかけた。「パッパ、まだ」
「うむ、ボンチコか。もうすぐ帰る。よしよし」と父は言った。
もうすぐとはどれくらいなのだろう。早く帰ってくれればよいと思った。
父の微笑を求めて間断なく追いすがるような気持ちが僕の生活であった。
夕食後の散歩には、杏奴と競って外に飛び出し両側から父を挟んで歩いた。
父と一緒ということが幸福で、行き先なぞ問題ではなかった。

父は子供の面倒をよくみてくれた。
寝る時は「早く寝てね」と父に頼んでおいてから寝室へ行く。
夜中に目を覚まして「パッパ、おしっこ」と言うと、隣の床から柔らかい温かな父の手が出て、
しっかりと私の手を握り二階から遠い憚りへ連れて行ってくれた。
握られた父の手からは無限の優しさが伝わり、廊下は冷たかった。
上野の森で獅子が吠える時は、繋いでいる父の手に力をこめるのである。
「待ってて」そう言うと、父は用を足す間廊下に立っていた。
「もういい」と声をかけると父が袂から細長く三つに折った懐紙を取り出して、
こぼれた一、二滴を丁寧に拭ってくれた。
父は何でも清潔に美しくしておくことが好きで、
気のついたことはその場できれいにするのである。
寝る時は母も茉莉も一緒のはずだが、その記憶はまったくない。
あまりにも父を愛していたので、母が眼中になかったのであろう。

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昭和6月11月
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フランスにて 類と杏奴
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類&美穂子
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by vMUGIv | 2013-12-04 00:00 | 明治
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