直球感想文 本館

2017年 更新中
by vMUGIv
カテゴリ
江戸
明治
大正
昭和戦前
昭和戦後
その他
以前の記事

中勘助の恋

『中勘助の恋』 富岡多恵子
c0287367_23102375.jpg


これは怖い本です。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
「さあここへいらつしやい」とひざをたたいてみせたら、ひざの上へ座ろうとするのを
「またがったほうがいい」と言つてさうさせる。このはうが自由にキスができる。
右の頬へいくつかそうつとキスをする。
私はまたひとつキスをして「これはどういふ時するもの?」ときく。
「知らない」
「私あなたが可愛くてかはいくてたまらない時するのよ。
あなたも私が可愛くてかはいくてたまらない時するの?」
「ええ、さう」
「あなた私大好き?」
「大好き」
「でも今に忘れちまうんでせう」
「お稽古が忙しくなれば忘れるかもしれない」
「私どんなに忙しくたつてあなたのこと忘れないのに、ひどい」
「そりゃ私子供だから」

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


32歳の中勘助と9歳の少女の会話である。
のちのち勘助と結婚する妻の父は頑固な退役軍人であったが、
この部分を読んで「こんなに子供好きの人ならば」と結婚を許したそうで、
フシアナにも程がある。

私は時々義姉が嫌がるのもかまはず、その前へ手をついて頭を畳にすりつける。
幾十年この家の人柱となつてくれたことに対する心からの感謝である。

こっちはどことなくマゾヒズムを感じる。

中勘助がロリコンでマゾとなれば、この本は『中勘助の恋』というより『中勘助の性』といった感じだ。

勘助はハンサムである。背も180センチあったそうだから女性にモテただろう。
というか女が放っておかない男だったようで、沢山の女性から求愛されている。
しかし彼は女性も、かつて少女だった女性も、すべて冷たく退けている。
彼は外で少女を愛玩し、家には菩薩のような義姉と語らったのだから、
自分からアタックしてくるようなタイプの女性はお呼びではなかったのだろう。

兄は結婚してすぐに単身ドイツへ留学したため、高等学校の3年間勘助は義姉と親しく生活した。
兄とは14歳離れているが、義姉とは2つしか離れていない。
兄は帰国後、福岡の医学部教授となったため義姉を連れて九州に住まう。
ちょうど大学の4年間義姉と離れて暮らすことになった。
しかし兄が脳溢血で倒れたため夫婦で東京の実家に帰ってくる。
その時勘助は24歳。彼は兄夫婦との同居を避けるように約10年間放浪する。
再起不能となった兄の変わりに家督を継がなければならないのだが、
当の兄が勘助を家に入れないのである。家督を譲りたくないという意地である。
兄は知能と言語を失ったが身体の自由はある程度きいたようで、義姉を暴力と虐待で苦しめる。
勘助が助けると、さらに兄、母、親戚の中傷をあおるという悪循環。

やっと30代半ばで跡取りとなった勘助は、否応なく義姉とペアを組むことになる。
そうして20年間手に手を取るかのような苦労の後、義姉は亡くなる。
勘助は慟哭するが、3ヵ月後にはもう結婚の準備を進めている。
しかし結婚当日に兄が亡くなって、<結婚の目的は大半を失つた>と思い、
決心したのは式の25分前だと言うのである。
勘助57歳、花嫁41歳、ともに初婚であった。
結局兄は義姉の半年後に亡くなったことになる。
著者は義姉が勘助のために付けた女中について、
抑圧された都会の女が田舎の女を抑圧しているのは皮肉と述べているが、
時代的に見てこれはあまりにも的外れの批判であろう。
女中はあくまでも女中で雇用契約である。
それよりも義姉が亡くなった後、兄の世話をさせるためだけに結婚しようとする勘助の方が怖い。

家督を継ぐ前後に二つの作品が書かれている。

『提婆達多』では、阿闍世王子が父王を幽閉して餓死させようとする。
しかし、母妃が一計を案じ全身に蜂蜜を塗って面会に通ったためなかなか死なない。
サラッと書かれているが、この蜂蜜を食べるためには王が王妃を舐めるしかない。
暗い牢屋の中で飢えた王が王妃の全身を舐め回している。鬼気迫る光景である。
阿闍世王子の言い分はこうだ。

あなた方はただ単に己の色欲の満足のゆゑに私を生んだのである。
そのうへなお大それたる僭越と厚顔とをもつて人に恩を売らうとする。
私はあえて言ふ。
父母はその子の生まるると同時にその足下にひれ伏して罪を謝すべきである。
そして一生をとほして懺悔の生活を送るべきである。
父上、よくおききなされ。生殖の罪は人間のいかなる罪よりも罪である


王子というより、勘助は生殖を激しく憎んでいる。
当時において避妊はほとんど不可能であるから、彼は性交をも否定することになる。
しかし彼にも性欲はある。
それを性交という形で出せないとしたら、何らかの形で出すしかない。
彼の場合は少女愛という形で出たのであろう。
実際彼は少女たちのことをペットと呼んでおり、一線を越えるつもりは全くなかったと思う。

性欲は愛なき夫婦をもなほ力強く結びつける。
その性欲さへが牽引力を失つた時にも
その性欲生活の記念物なる子供はなほ恐ろしい肉鎖となって
無残に、醜悪に、その生産者を一緒に縛して離れしめない。
交尾せる犬が生殖器につながれて痴態をさらすやうに。


これが『犬』になるともっと凄まじい。
村はずれで修行している苦行僧が、毎日寺院に通う娘を不思議に思い話しかける。
彼女は異教徒と関係を持ち妊娠しているが、その男のことが忘れられないため
もう一度会えるように願かけしていると言うのだ。
苦行僧は怒りと嫉妬がないまぜになって彼女を自分の物にしようとする。
しかし娘が異教徒の男を忘れないので、その異教徒の男を魔術で殺し、
自分と娘とを犬に変身させてつがいになろうとする。

提婆達多も悉達多の妻・耶輪陀羅を自分の物としたいのに、他の男のものである。

これは義姉に対する勘助の気持ちではないだろうか。

著者は兄の横暴もどこまで本当かわからない、勘助の脚色かもしれないと述べているが、
私はそこまでは疑わない。
中家に出入りしていた友人・知人が多いから、嘘は書けないと思うからだ。


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
女中の証言
先生は中学時代、
毎朝いつも同じ場所で行き逢ふ人力車に乗って華族女学校に通っていた人を、
のちに姉さんと呼ぶようになるなんて夢にも思わなかったが、
世の中って不思議なものだと何度もお話になりました

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


彼は兄の妻となる前から、娘時代の義姉を知っていたのだ
このエピソードについて勘助自身は書いていない。

義姉は兄より先に亡くなるが、これが逆であったらどうだったのだろうかと考える。
兄が亡くなり、義姉と二人きりになった時、彼はどうしたろうか。
それでも彼はまた逃げたろうか。
もしそうだとしたら、彼女は勘助から一番愛された人ではあるが、一番かわいそうな人だ。
[PR]
by vMUGIv | 2008-03-01 00:00 | 大正
<< 森鴎外 その1 有島武郎 >>


お気に入りブログ
検索
記事ランキング
その他のジャンル